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貴重なポストカード [仏教・仏像]

久々の更新になってしまいました…

つい先日、結構レアなものをGETしました。
私が以前から探しに探していたもので、
それは何かというと、
法隆寺金堂壁画のポストカードのことです。

昨年、三井記念美術館でやっていた
会津八一の特別展を見に行った時のこと。
焼損した金堂壁画をコロタイプ印刷したものが展示されていました。
その時にミュージアムショップでポストカードを販売していたのですが、
買わずに帰ってしまい、ずっと欲しいと探していました。

あまり詳しい技術に関しては知りませんが、
焼損前に京都の「便利堂」が壁画を撮影していたという情報は得ていたので
何度か神保町の便利堂のショップをのぞきにいっていました。
でも置いておらず…

それが2週間ほど前に、
神田の古書店街にいったついでに
「ないだろうなあ…」と思いながら行ったら
なんとあったんですよ!
コロタイプ印刷されたモノクロのポストカードセットが!

お店の方にいろいろ話を聞いたのですが、
便利堂が所持しているガラス乾板(写真のネガみたいなもの)をもとに
再現した写真集が出版されたらしく(法隆寺金堂壁画  ガラス乾板から甦った白鳳の美
ポストカードもセットで出したんだとか…

お店の方曰く、
コロタイプの技術なんかは
NHKの日曜美術館でもとりあげられたようで…
写真集はかなり大々的に広告をうっていたみたいです。
ただ、私はまったくこの写真集の情報を知らず、
日曜美術館の話も、そんな回があったというのを
母から聞いていた程度でした。

探していたわりに何も知らなかった自分を恥じたのですが、
とにかく見つかり、安心しました。

それで、このポストカードセットは
コロタイプ印刷のモノクロ版だけでなく
オフセット印刷されたカラー版もあるらしいと聞き、
取り寄せてもらい、何とかGETしました。

どちらも、もともと数が少ないものらしく、
手に入れられたのも奇跡なくらい…
ギリギリ手に入れられて本当によかったです!

日本に存在したとは思えない、
エキゾチックな仏の姿。
ゆっくり堪能したいと思います。

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仏ケーキ、再び。 [仏教・仏像]

三連休を有意義に過ごそう!

…と思っていたのに、
結局ゴロゴロして終りを迎えてしまいました。

本当は鎌倉あたりに行ってみようかと
計画していたのですが、
疲れに負けて昼まで寝るという暴挙をはたらき…

まあ、仏像にまったく触れなかったかというとそうでもなく、
美術&宗教関連の本がいっぱいある図書館で
ちょっとばかり勉強しました。

でも、ブログに書くほどのことでもないので、
久々に仏ケーキでも作るか!
と思いつき、描いてみました。

今回はファミマの
メープル&マーガリンホットケーキ(敷島パン)を材料に
デコペンでかきかきしてみました。
仏ケーキということで、仏伝をテーマに
摩耶夫人が釈迦を脇から産んだところと、
天上天下唯我独尊の釈迦の2点です。
所要時間はジャスト1時間。

また気が向いたら四門出遊をはじめ、
涅槃まで描いてみるのも楽しいかもしれないです。

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ちなみにカメラはLUMIX GF3を使用!

東京ナイロンガールズにて紹介されました [その他]

ウェブマガジン「東京ナイロンガールズ」
「ガール・ミーツ・ガールギーク」にて、
私、紹介されております。

「ギーク」とは平たくいうと「オタク」だそうで、
私は仏像オタクとして取材を受けました!
前編・後編と分かれていて、今回は前編が公開。
次回は約1ヶ月先になる予定だそうです。

取材を受けたのは少し前で、
江戸三十三観音を巡り終えた翌日に
目白不動や雑司ヶ谷鬼子母神などでデートしてきました。
(目黒不動と目白不動を連チャンでお参りしたことになります…)
本人的には滅多にないことなので
とても楽しかったです!

詳しくはサイトをご覧ください。
私が仏像にハマったキッカケetc…が
語られておりますので。

他のガールギークのみなさんの記事もとても面白いです。
(そしてみんな可愛いっ!美人っ!)

東京ナイロンガールズというサイト自体も
女子の本音満載で結構スキ。
こういうことを考えている女性もいるんだよって
誰かに言いたくなるような…そんなサイトです。
ちょっと(かなり?)ズレた私みたいなのも受け入れている
懐の広さ!!!サイコーです。

東京ナイロンガールズのみなさま、
どうもありがとうございました!

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仏の後ろ姿のこと [仏教・仏像]

またもや東博に行ってきました。

土曜の午後だったので
前回行った時の倍くらい人がいました。
ただ今回はポイントだけ(展示替えがあったものを中心に)
見ていったので
それほど苦にはならなかったです。


前回、この特別展のレポートをした時に
東寺の「兜跋毘沙門天像」について
後ろ姿は意外にあっさりした作りだったと書きました。

今回も兜跋をじっくり見ていて
どうして前の鎧、特に鎖帷子は緻密な表現がされているのに
後ろは革のようなものを1枚被せて着ているだけなのだろうかと
考えながら見ていました。

後ろに光背があるから…?
前からしか拝まないから後ろは簡単にしか作らなかった…?
その程度の答えしか導き出せませんでした。

それから少し先のフロアに
「四種護摩本尊並眷属図像」という
仏の絵が描かれた巻物が展示されています。
あまり詳しくはないのですが、
これは「別尊雑記」のような仏の形を伝えるもの、
つまりはアニメやゲームでいうところの
キャラクター設定画のような役割のものだと思われます。

前回は違う部分が展示されていたのですが、
今回巻き換えがあり、兜跋毘沙門天が描かれたものが展示されていました。

まさに絵に描かれた兜跋毘沙門天を
そのまま立体にしたのがさっきの像だなと思ったのですが
(この「四種護摩本尊並眷属図像」は鎌倉時代の写本。
原本は空海の甥の智泉が描いたものらしい…
彫像は唐で作られたとされているので
この絵をもとに立体化したという訳ではないと思いますが…)
絵はあくまで正面だけ描いたものなので
後ろ姿は描かれていないんですね。
アニメやゲームの設定画なら、後ろ姿や表情のバリエーションなど
かなり細かく指示がされていますが、
これは本当に基本の正面しかないんです。

この「四種護摩本尊並眷属図像」以外のものも
やっぱり正面がメインで
一部に色指定がされているものがありますが、
後ろ姿を描いたものは見たことがないです。
後ろは重要視されていなかったのでしょうか…
前から礼拝することしか想定していなかったのかもしれません。

やはり最初に考えた
「仏は前からしか拝まないから」説で
ハズレてはいないかなと思いました。

特にこの兜跋毘沙門天の鎧は
異国のものですから
想像だけで作れなかったという要因もあると思います。
(と考えると、仏の衣装はみんな異国のものだから
日本の仏師たちは後ろ姿を作るのに苦労したんだろうな…
菩薩像でも後ろ姿があいまいに作られているのも多いし)

近年、博物館では
仏像を360度、後ろからも見れる!
というのを売りにしていますが、
そう考えると後ろ姿を見る価値って
何なんだろうと考えさせられます。
もちろんすべての像が後ろ姿を作りこんでいない
という訳ではないですし、
後ろもカッコいい東寺講堂の持国天像みたいなのも
あるのでなんとも言えませんけどね。

ちょっとそんなことを思ってしまいました。

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雑誌解体 [その他]

私が住んでいる部屋は狭い。
その上、私はモノが捨てられないタイプ。

夏じゅうだらだら暮らしていて、
部屋を片付ける気力がなく、
これ以上このまま暮らすと廃人になってしまうのではないかと思い、
昨日少しだけ掃除しました。

部屋中に散乱(?)していた服はすぐに片付いたのですが、
何よりも本の片付けが大変で…

雑誌の「仏像」「お寺」特集は
カラー図版が一度にたくさん手に入り、
仏像の絵を書く時に重宝するのでついつい買ってしまうのですが
片っ端から買い求めたために
雑誌が山のように積まれている状態で、
これをどうするかずっと考えていました。

どうしても捨てることができないので、
仕方なく必要な部分だけ切り離してまとめるという
手段に出ました。

モノによってはほとんどが必要な雑誌もあったので、
そういうものはそのままに。
全体の60%以下が必要なものだけ解体しました。

こうやって雑誌をよく見ると、
『特集』といいつつ雑誌全体の60%くらいしか
割いていないものなどいろいろありました。
特集が2本立てのものもありましたし…

特に近年の仏像・お寺ブームにともない、
普段そんな特集しなさそうな雑誌に限って特集部分が少なく、
残りはファッション情報に割いているものが多かったです。

内容も色々で、若者向けはマンガやイラストをふんだんに使い、
親しみやすさを与える内容になっていますが、
年配向けの雑誌になると、仏像の解説+仏像に会う旅というのが
定番だということが分かります。
若者には手っ取り早く知識を身につけさせて、
(こーゆーので少しばかり知識をつけて、
蘊蓄として語るオトコの多いこと多いこと…)
定年前後の人には余った時間で行ってみなよ。
という構成になっているんでしょうね。

そんなこんなで何冊か解体したのですが、
結局本棚に納まりきらず、
新たに本棚スペースを開設して
なんとか納めたという感じです…

ただ、これ以上増えるとさすがに入りきらなくなるので
本や雑誌を買う量も考えないといけない状態になっています。
心苦しいのですけれど。

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『空海と密教美術展』に行ってきた [仏教・仏像]

先週、東京国立博物館で行われている
『空海と密教美術展』を見てきました!

日曜の閉館時間に近いときだったからか、
それほど人が多くなく、
ゆっくり見ることができました。

国宝・重文のなだたる名品がずらりと並び、
いろんな本に載っているものや、
百科事典などでも紹介されている
空海自筆の書などがありました。

少し前にNHK-BSで、
空海特集をやっていたのを見てから行ったので
多少の予備知識を得てから鑑賞できましたが、
あまりにも歴史的・信仰的に価値があるものなので、
その真価が分かって見れていないんだろうなと
どこか頭の片隅でそう思いながら見ていました。

最初のフロアから惜しみなく
「聾瞽指帰」や「性霊集」が展示されています。
「聾瞽指帰」は空海24歳の作と言われていますが
その書面もどことなく勢いがあるように感じます。

序盤は書を中心に置かれていますが、
少し先には東寺の「兜跋毘沙門天像」が展示されていました。
この方にお会いするのは3度目になりますか。
初めて背後に回って見ることができました!
(後ろは意外にあっさりとした作りでした)
見る人が「かっこいい」と声を漏らしているのを聞いて
やっぱり人気者なんだなと改めて思いました。
何度見てもかっこいいです!
この像は羅城門に置かれていたのではと考えられている像で、
今は東寺に安置されていますが、
このため私は密教とは別物と考えていました…
日本ではなく唐で作られたものですし、
空海が請来したのでしょうか?
でも、今調べたところ「御請来目録」にも記述されていないらしいと
ある本には書いてあるので、謎が残ります。
久しぶりに会えたのは嬉しいですが、
どことなく説明がついていないようでしっくりきていません…

第一会場には他に、
「五大力菩薩」の巨大な白描画や善通寺の錫杖頭、
「血曼荼羅」など、長い時間見ても飽きないものが多く展示されています!
「仁王経五方諸尊図」など、仏が緻密に描かれていて、
仏像の姿を見たり描いたりする身としては
参考にしたいもののひとつです。
そう言えば、「灌頂暦名」の第一番に最澄の名が書かれていますが、
最澄はどの仏と縁を結んだのでしょうか?
目を凝らしてみても、なんと書いてあるのか分からないのです。
そして、「興福寺」と書かれているのはなぜなのでしょう?
あまり最澄に詳しくないのですが、
勧請が行われた時には比叡山にいたのでは?と思うので
ここも疑問が残ります…
(こういった疑問が残ってこそ、
調べる価値があっていいとは思うのですが)

第二会場にはさらに密教美術が多く…
というか、まるで醍醐寺の宝物館に来たんじゃないかと錯覚するほどに、
今までお会いした方も、そうでない方も
展示されていました。
(さっきの兜跋も醍醐寺の方も、春秋しかお寺で展示されないので
シーズンオフに東京出張って感じなのでしょうね…)
醍醐寺の方々は前にしっかり見ていたので
お久しぶりですと挨拶する感じでしたが、
仁和寺の阿弥陀三尊や神護寺の五大虚空蔵菩薩さんは
お寺には行ったことがあっても実際に会ってはいない方だったので
ここでお会いできてよかったです。

そして、最後には東寺講堂の立体曼荼羅を縮小再現(?)した
一番の目玉フロアが待ち構えています。
立体曼荼羅は圧倒されるくらい凄い仏像群ですが、
見る位置がいつも同じだったのが少し残念なポイントだったので、
8体だけでしたが、くまなくみることができたのは嬉しいです。

持国天像は、持国天の中で最も猛々しい像と言われるだけあって
表情に目がいきますが、
初めて背後に回って見てみると、その体躯のたくましさに驚きました。
右後ろから見ると、前から見るよりも迫ってくる感じがあり、
この人になら守ってもらえそうと思える、立派な背中でした!

梵天は暗い講堂の中では分かりませんでしたが、
今回、鋭い瞳が見え、
二重で優しげなイメージだったのが一転しました。

降三世明王が踏みつける烏摩の手が
踏まれる右足に触れているのも今回新たに発見した点です。
「ギブ!もうムリ!」とでも言ってそうです。

そんな感じで名だたる名品をじっくり見ましたが、
展示替えも頻繁にあるようなので、
会期中にもう一度行く予定です。
滅多にない機会なので
できるかぎり楽しみたいなと思っています。

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明日香は変わらないなあ [仏教・仏像]

8月アタマは夏休みで実家に帰っていました。
今年は例年よりも休みが短かったので
あまりいろいろなところへは行けませんでした。
ですが、その分一日をじっくり楽しもうということで、
短いわりに楽しめた休みでした。

東海道本線に乗って東京から京都に帰るとかね。
私は鉄子ではないですが、
思いつきでやってみたりしました。
(宇治まで10時間半くらいかかった…)

お寺関係では、
東寺や吉野に行こうと思っていたのですが、
諸事情ありどちらも叶いませんでした。
そのかわり明日香に行くことになり、
久々に古代の空気を(?)楽しんできました。
(明日香まで行くなら吉野も行けるやん!って感じですが、
 そこに諸事情があるのです…)


明日香は中学生くらいの時に初めて行って以来です。
その時は高松塚古墳や石舞台、飛鳥寺等、
王道スポットをレンタサイクルで巡りました。
まだキトラ古墳の朱雀が発見される前でしたね。
冨本銭が話題になっている頃だったような…
今回はお寺を中心に、また自転車で巡りました。

近鉄の橿原神宮前駅からスタートし、
最初に訪れたのは橘寺。
田んぼに囲まれた小高い場所に建っています。

聖徳太子が生まれたというところで、
像がたくさんありました。
やはり奈良の歴史に聖徳太子アリ!という感じです。
ご本尊は聖徳太子と如意輪観音。
意外に観音堂は目立っていません。
本堂と二面石ばかり人気がありますが、
立派な六臂の如意輪観音像がいらっしゃるのでお見逃しなく!
薄暗い中であまりはっきりとは見えませんでしたが、
穏やかなお顔で、どことなく石山寺の方を思い出しました。

また、本堂には田道間守像が祀られています。
橘をこの地に植えたという伝説があるそうです。
お菓子の神様だというので、
スイーツ好きの方はぜひともしっかり拝んでおきましょう!

橘寺の北側には川原寺があるのですが、
今回は訪問せず、
次は西国霊場でもある岡寺に向かいました。

山の上にあるので、急な坂を登らなくては行けないので大変です。
明日香を一望できる場所でとても眺めが良いです。
本尊はこちらも如意輪観音です。
奈良時代につくられた日本最大の塑像です。
弘法大師が三国の土(インド・中国・日本)を以て
作られたと言われていますが、
奈良時代作なのに弘法大師?という、
様々な疑問はとりあえず置いておきましょう…

白く、どっしりとされていて、
空を見ていらっしゃる感じの方です。
三国の土という話があるからか、
あまり日本っぽく方ではありませんね。
乾いた砂漠地帯の寺院に納められていても違和感なさそうです。

本尊後方には寺宝が展示されており、
本尊胎内仏のレプリカや仏足跡の版木などがありました。
ボロボロになっていましたが、
古い兜跋毘沙門天像もありました。
地天女は見る影もないくらいでしたけれど…
本尊もよいですが、こちらも興味のあるものが多いです。

次はお寺ではありませんが、
かねてより行きたいと思っていた万葉文化館へ寄りました。
思った以上に大きな施設で、
建物の下に遺跡があるという
奈良ならではのつくりになっています。
こちらでは万葉集に関する展示や
裏手の竹薮の中の酒船石を見て出ました。

最後のお寺は万葉文化館からすぐの飛鳥寺です。
飛鳥大仏とは十数年ぶりの再会です。
私の中でですが、
大仏の中で最も親しみやすい仏さんだと思います。
大きすぎず、かつ素朴な感じがよいです。
参拝者との距離感もちょうどいい具合だからでしょうか。

飛鳥寺は、以前訪れたときの記憶と
今回の印象がほとんど変わらず、
お堂の感じもそのままな気がします。
飛鳥大仏や説明をしてくださる住職に
懐かしさを感じました。

今回、明日香を訪れて気付きましたが、
万葉文化館など、新しい施設もありながら、
村の風景自体はそれほど変わっていないような気がします。
十数年前からそのままの田んぼと山の風景。
移り変わりの早い都会に住んでいるからか、
こういうのって極めて稀で不思議な感じがします。
ここがただの村ではなく、
かつて首都があった場所だから、
余計にこんなことを思うのかもしれません。

暑い中でクタクタになりましたが、
またひとつ印象的な旅をすることができました。
次に訪れるときも、
変わらない場所であってくれればいいのになと思います。

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<終>最後の旅 その3(世田谷・目黒の2寺) [江戸三十三観音]

前日に青物横丁から学芸大学まで
決死の覚悟で自転車をとばしたおかげで、
2日目最終日は少し余裕をもってスタートできました。

電車で学芸大学まで向かい、
駐輪場に預けておいた自転車に乗って
第三十二番の「観音寺(かんのんじ)」へ
向かいました。
学芸大学と三軒茶屋のちょうどあいだにあり、
学芸大学附属高校の隣にあります。

住宅地の中に建つお寺で、
境内は自然が多く、建物も立派です。
表には仁王門があり、
不動堂や本堂、特攻観音を祀るお堂などがあります。

特に不動堂には重要文化財の
不動明王と八大童子像がいらっしゃるようです。
後で調べたところ、私の持っている本にも図版が載っていました。
サイズや色は分かりませんが(小さめ??)、
なかなか装飾的で童子が揃っているのも珍しい!
康円の作だそうで、
ぜひお目にかかってみたいです。

本堂の扉の上には木造の龍の彫刻があり
なんだか威圧感というか、激しい印象を受けます。
お経を上げ、近づいてみると、
中に入ってもよいと書かれていました。

中には若いお坊さんが本を読んでいて
「どうぞ近づいてご覧になってください」
と言ってくださいました。
今回の観音巡りで
内陣まで入れていただいたのは初めてのような気がします。
ご本尊の聖観音さんは
確か室町だったか戦国時代だったかの作で
(↑参拝してから2週間近く経つのであいまい…)
観音さんなのに刀印を結んでいるという
珍しい方でした。
攻撃的な意味があるそうですが、
お顔は穏やかというか、親しみやすい感じで
そんな印象は受けません。

周りにも様々な仏さんが並んでおられ、
脇侍のような形で
日光&月光菩薩が立っていらっしゃいます。
南北朝時代の作で、なかなか色気のあるお顔立ちです。
本来ならば薬師如来の脇侍ですから、
もともとは違うところにいらっしゃった方なのでしょう。
他にはマリア観音や大黒像などがありました。

古い時代の仏像が多いので、
さぞ歴史あるお寺なのだろうと思って
お寺の方に伺ったところ、
意外にも昭和の創建だそうです。
それにしてもこれだけの仏さんを
お祀りされているのはすごいです。
何かの縁があって皆さんこちらにいらっしゃったのでしょうね。
とても興味深いお寺でした。

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世田谷観音を出て、目黒通り沿いに行き、
満願を目指し最後のお寺、
第三十三番の「瀧泉寺(りゅうせんじ)」へ向かいます。
瀧泉寺は目黒不動のことで、
ご本尊のお不動さんが有名ですね。

私の友達が不動前に住んでいて
彼女と一緒に3年前に訪れたことがあります。
前回は本堂しかお参りしませんでしたが、
今回は入って右側にある観音堂が目的です。

本堂もそうですが、観音堂も新しくきれいです。
扉が少し開いており、
隙間からのぞくと聖観音さんがいらっしゃいました。
そして両脇に千手観音と十一面観音も控えています。
どの像も新しい印象を受けました。
こちらの観音さんについては
特に由来が分かりませんでした。
なぜ江戸三十三観音の最後を飾るのか、
それなりの歴史があるのだろうかと思うのですが、
分からず終いです。
第一番の浅草寺は
日本に仏教が入ってきたころの観音さんだというので
かなり納得がいきます。
目黒不動は円仁が開山し
これもまた歴史の深さを感じます。
恐らく浅草寺に負けないくらいに
大変信仰されていたのだと思います。
そのお寺の観音様だから尊い!ということなのでしょうか?
そうとしか考えにくいのですが…

いろいろ思いはありますが、
歴史云々よりも観音であること自体が
本来尊いことなので、
(どうしても歴史や仏像の表現に意識がいきがちなので…)
しっかりと手を合わせ、観音さんと縁を結びました。

寺務所で御朱印をいただき
満願証はあるのですか?と尋ねたら
御朱印に結願成就のハンコが押されているのが満願の証ということでした。

早いような長いような…
大変だったような楽しかったような…
1年3ヶ月の江戸三十三観音巡礼の旅は終りを迎えました。
もちろん何度まわってもいいものなので
もしかしたら…ということもありますが。
東京のお寺を見て、さまざまな発見ができました。
気に入ったお寺もいくつかあります。
東京の土地勘がないとか、
体力がないとか言いつつ
最後までやり遂げたことで自分に自信もつきました。

今後もこのような探究心やチャレンジ精神を持って
東京・関東のお寺を巡っていきたいと思います!

とりあえず、
やったぁーーー!!!

最後の旅 その2(旧東海道の3寺) [江戸三十三観音]

午前中になんとか4か寺を巡り、
品川でお昼休憩。

次に訪れるのは
旧東海道沿いにある3か寺です。
前から旧東海道の商店街は気になっていたので
やっと行くことができました。

商店街は下町情緒があり
のんびり歩くのもいいなーと思いました。
人も意外に多いです。
初めての町並みを楽しんでいると
第三十番の「一心寺(いっしんじ)」に着きました。

奥行き広いかもしれませんが、
今までまわってきたお寺の中で
一番小さいんじゃないかと思います。

案内の看板を読むと、
幕末の頃の開山だといい
歴史自体はそれほど古くないようです。
成田山と関わりがあるらしく、
ご本尊は不動明王だとか。
他に両大師像や飛鳥仏もあるというから、
寺宝は結構あるようですね。

とはいえ…本堂の中は暗く
内陣の様子は伺えません。

お経をあげる前にお賽銭をと思い
硬貨を投げたのですが、
なんと外してしまい、
コロコロっと堂内に転がってしまいました。
「あらら…」と思ったら
突然中から「ゴンゴンゴーン」という鐘の音が聞こえて
驚きました。
陰になっていて気付きませんでしたが、
中にご住職がいらっしゃったようで、
一部始終見られてしまいました(笑)

御朱印をいただいた時に
「次の品川寺は信号を3つ過ぎたところにありますよ」と
親切に教えていただきました。

さて、次の第三十一番の「品川寺(ほんせんじ)」へ向けて
自転車を走らせたのですが、
思ったよりも距離があり、
交差点はいくつも過ぎましたが、
信号機があまりなく一瞬心配になりました。

品川寺は京急の青物横丁駅の近くにあり
3つ目の信号のあたりは人も多く賑やかでした。

品川寺に入るとまず目に飛び込むのが大きな地蔵菩薩像です。
江戸六地蔵の第一だそうで、見応えもあり立派です。

境内は広く自然が多いので
街の中にいるとは思えませんでした。
「品川」の名がついているだけあり、
歴史も古く、本尊は弘法大師が授けたという水月観音と
太田道灌が後に加えたという聖観音だそうです。
こちらもダブル本尊スタイルのお寺ですね。

本堂の建物は何とも言えないつくりで、
中国風というか…
映画のセットみたいな印象を受けました。
「西遊記」とかに出てきそうな感じです。
中は広く、様々な寺宝が置かれていましたが、
一番気になったのが、醍醐寺のカレンダーと
私の家にもある、上醍醐の五大力さんのおふだです。
東京では真言宗豊山派や智山派のお寺は何件か訪れましたが
醍醐派のお寺は初めだと思います。

ご本尊に手を合わせた後、
境内のお堂を見てまわりました。
本堂正面にあるこれまた中国風の
六角形の建物の中をのぞいてびっくり。
色彩豊かな八臂の宇賀弁天さんがいらっしゃり
その存在感に思わず手を合わせてしまいました。

その他、お稲荷さんやジュネーブ帰りの釣り鐘、
七福神の石像などを見ていましたが、
境内の建物(櫓?)の上に『何か』がある気配がしました。
パッと見上げてみると、どこかで見たことのある
仏像のシルエットと馬や鳥の像が高い場所に置かれていました。
よく見ると法隆寺の救世観音を模した像でした。
後で寺誌を読むと英霊堂だったようで、
軍馬や軍犬・軍鳩も慰霊しているようでした。
いろいろ驚きです。

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本日最後のお寺、
番外の「海雲寺(かいうんじ)」は
品川寺から数軒隣に行ったところにあります。

こちらのお寺は
ご本尊の十一面観音よりも、
火の用心の神様、千躰三宝荒神王が
メインにおまつりされています。
荒神堂にはさまざまな絵馬が奉納されており、
人々の信仰の篤さが伺えます。
荒神像も拝することができ、火伏だけに結構アツいお寺です。
荒神さんはたまにおまつりされているところをお見かけしますが、
仏像をお目にかかったのは初めてです。

荒神堂の隣に控えめに建つ本堂に手を合わせ
御朱印をいただきました。
ご住職といろいろとお話をしていると、
「これ、よろしければどうぞ」と
紙を一枚いただきました。
『火の用心』と書かれていて、
お札ではなく注意喚起に貼ってくださいとのことでした。

今日参拝した7か寺は、
どこもそれほど大きいお寺ではありませんでしたが、
そのぶんお寺の方と参拝者の距離が近いようで、
会話をする機会が今までで一番あったように思います。
体力面での疲れはありましたが、
楽しくお寺めぐりをすることができてよかったです。

最後の旅 その1(三田・高輪の4寺) [江戸三十三観音]

7月の三連休のうち、2日を使って
江戸三十三観音めぐりの最後の旅に出かけました。

初日には
三田・高輪・旧東海道沿いの7か寺を
2日目には
世田谷と目黒の2か寺をめぐり
ついに満願致しました!!

暑い日差しの中、
自転車で巡るのはかなり大変でしたが
無事達成できてよかったです。

今回はかなりたくさんのお寺をまわったので、
何回かに分けてレポートをお届けします^^


さて、
最初に向かったのは第二十五番の「魚籃寺(ぎょらんじ)」です。
交差点や坂の名前になっているので
前からその存在は知っていました。
大きなお寺なのだろうと思っていたのですが、
魚籃坂を登っても他のお寺しかなく…
坂の中腹くらいにやっと魚籃寺を見つけました。

朱の門が目を引きますが、
思っていたよりもこぢんまりとしていました。
門よりも少し低いところに本堂はあります。
木立に囲まれて少し薄暗く、
本堂も古い印象です。
貼られた千社札にどことなく時代を感じます。

噂に聞く魚籃観音さんのお姿は拝せませんでしたが、
御朱印受付のところに
ミニチュア(?)魚籃観音さんがいらっしゃって、
きっとこのような可憐な姿をされているのだろうと想像しました。

魚籃観音は魚の入ったカゴを持っていらっしゃる方で、
観音さんが仏法を広めるために
美しい乙女の姿を借りて出現したことに由来するそうです。
昔、どこかのお寺の池に魚籃観音像が祀られていたのを
記憶していますが、
本尊として祀られているのは珍しいのではないでしょうか?

初日は7か寺を巡るということもあり、
ひとつのお寺にかける時間が短いのが残念なのですが、
先を急いでここから近くの第二十六番の「済海寺(さいかいじ)」へ。
魚籃坂から左に折れ、さらに坂を上ります。
暑さですでにヘトヘトです。

お寺は亀塚公園の隣にあります。
亀塚…古墳か何かがあるのかと確かめたく中へ入りました。
円墳のような小高い塚が公園内にあり、
説明を読むと、
古墳と思われていたけど、調べてみたらもっと昔のものらしい。
何とも言えないけど古墳かも。
『更級日記』とかにも出てくる…
みたいなことが書いてありました。
ううん…謎だ。

亀塚をくるっと一周できるのですが、
公園の裏側は崖になっていて少し驚きました。
かなりの高低差があるようです。

公園を出て済海寺へ。
新しいつくりのお寺で、
周りにお墓があり、檀家寺であることが分かります。
入って左側にある小さくて新しい観音堂の中に
「亀塚観音」が祀られています。

防犯上、扉は閉ざされていますが、
磨りガラスの隙間から仏さんを覗くことができます。
聖観音だそうなのですが、
坐像なので珍しいなと思いました。
ただ、観音堂脇に貼られているポスターには
立像の観音像の写真が使われていて、
安置されている方と姿が全く違う…
後で本を読んだのですが、
どうやら亀の上に立つのが亀塚観音らしいです…
じゃあ、堂内にいらっしゃったのはどなたなのでしょう…
謎が多いぞ、亀塚…

御朱印をいただいた時にお寺の方(奥様)が
「暑い中大変ですね」と声をかけてくださいました。
「この辺りが一番高い所だから、後はそれほど大変ではないですよ」
という言葉がすごく励ましになりました!
高い場所にあるので、
ビルに囲まれたせせこましさがなく
なんだか開放的な印象があるお寺でした。

110718.jpg

さて、さらに自転車を走らせ、
次は第二十七番の「道往寺(どうおうじ)」です。
伊皿子坂を下りたあたりにある、
これまた古い感じのお寺です。
狭い境内の中にお墓もあるので
先ほどのお寺に比べると窮屈な感じがしました。

そういえばですが、東京は7月のこの時期がお盆なんですよね。
済海寺もでしたが、お墓参りの方が何組かいらっしゃいました。

境内にずらりと並んだ石仏を見ていると
ひとつ小さな金銅仏が…
よく見ると仏ではなく、
大石内蔵助の像で少し笑いました。

こちらは聖観音と千手観音が
ダブル本尊をつとめているお寺のようです。
あまり聞かない例です。
どんな感じで並んでいらっしゃるのでしょうか?
拝観はできないのが残念です。
でも、聖観音が姿を変えたのが千手なのだから、
変化Before・Afterってこと…?
なぜこんな形式をとったのでしょうかね。

前半の最後を飾るのは
第二十九番の「高野山東京別院(こうやさんとうきょうべついん)」です。

せっかくなので泉岳寺の前を通って行きました。
(前に行ったので今回は割愛!)

和歌山の高野山の東京出張所って位置づけなのでしょうね。
写経を体験したのは五反田の薬師寺別院だったし、
東京で「別院」と名のつくお寺を探すのもおもしろいかもしれません。
築地本願寺もそうでしょ?

広い境内の中に、新しく立派なお堂があります。
さすが高野山!としか言いようがありません。

本尊は弘法大師のようで、
札所本尊は向かって右にいらっしゃる聖観音さんです。
観音像が2体並んでいたのですが、
もうおひとりはどなただったか…
(いっぱい巡り過ぎて忘れてしまいました…)

法要中だったのでこっそりと心経を唱え、
境内をぶらぶら…
不動明王やお大師さん、
四国八十八ヶ所をあらわす像(お砂踏み的なもの)
などがありました。
炎天下ですからゆっくりもしていられませんでしたが
芝生もあって居心地がいい感じのお寺です。

午前中で三田・高輪の4か寺を巡ることができ
予定通り、品川で昼食をとりました。
この後、旧東海道沿いの3か寺をお参りします。

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