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夜空に輝く妙見さん その4 つれづれなるままに [解説系]

今回は妙見菩薩にスポットを当ててみたわけですが、
中途半端なリサーチで挑むと
痛い目にあうなーとすごく反省しています…
もう少し自分なりにまとめられたらよかったんですけど。

考えがまとまっていないけれど、
今後、意識して調べられるように
いくつか妙見菩薩や北極星・北斗七星について“つれづれなるままに”
書き連ねてみようかと思います。


北斗七星・妙見菩薩は「剣」「刀」と深い関係があるようです。
法隆寺金堂の四天王像のひとつ、持国天が持つ剣や
四天王寺蔵の七星剣は、
刀の部分に北斗七星が刻まれています。
これは中国の道教が影響していると考えられ、
奈良時代までにこのような思想が日本に入っていたことが分かります。

その後、関東地方等で武士を束ねる象徴となった妙見菩薩ですが、
武将の形をした妙見菩薩が持っているのも剣ですね。
日蓮宗の能勢妙見も剣をかかげています。

ある本で書かれていたことなのですが、
熊本県の八代妙見の管理をしていらっしゃる方は
刀鍛冶もされているというというのを興味深く読みました。
京都・鷹峯は本阿弥光悦の芸術村として知られていますが、
この地に妙見菩薩を祀るお寺があります。
本阿弥は刀剣関係を家業としていたそうですし、
芸術村(光悦村)は法華宗徒(日蓮宗)の仲間で構成されていたことも気になります。
妙見菩薩と関わり深い要素が多いので
何か見つかれば興味深いのにと思っています。

また、「龍馬伝」などでも出てくる
『北辰一刀流』という剣術の流派も少し気になっています。
なぜ北極星をあらわす「北辰」の名がついているのか…
それからその道場の名が『玄武館』というのも気になりますね。
【玄武=北】ですから…
Wikipedia情報ですが、創始者の千葉周作は
千葉氏の流れを組んでいるようなので
やはり妙見信仰のニオイがします…

剣・刀との関わりだけでもこんなに考えることが多いなんて…
う〜ん…です。

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もうひとつ、
一部の妙見菩薩像が持っているアイテムで
気がかりなものがあります…。

先が四角い渦巻きのようになっている
鍵のようなものです(イラスト参照)

ある仏像系テレビ番組でそのアイテムのことを
「北斗七星」と呼んでいたのですが、
他の本などにはその記述がみられないので確証はないのです。
密教系の絵画や仏像で妙見菩薩が手に持っているのを
数例見たことがあります。

ただ、そのアイテムは
妙見さんより、八臂の弁財天や稲荷神社の狐が
手にしているのをみるほうが多いです。
伏見稲荷大社では「達成の鍵」という名前で
この形のお札やペンダントを授けています。

気になって、いろいろ調べてみると、
大阪市立美術館が所蔵する「荼枳尼天曼荼羅」に
少しばかりヒントが隠されていました。
荼枳尼天はもともとインドの夜叉神で、
日本に来て稲荷神と習合しました。
この曼荼羅図中央の荼枳尼天の後背に
北斗七星らしき七つ星が描かれています。
(荼枳尼天と北斗七星との関係は未調査です)
ですので、
荼枳尼天→稲荷神(宇賀神)→宇賀神と習合した八臂の宇賀弁天
につながるのかな?と考えています。
だからやはり、この鍵のようなものは
北斗七星をかたどったものなのではないかと
私は思うのです…

ところで、妙見菩薩が北斗七星を手に持っているとしたら、
やはりこの仏は北極星の化身なのではないかと思われます。
このような部分が議論の分かれ目なのかな?と想像します…


…調べてみればみるほど
深みにはまってゆくのが私の悪いところだと思います。
研究者でもなんでもない私なんぞの知識では
理解し得ない部分が多いので驚異するのですが、
そういう部分がやはり魅力的なのかもしれません…

以上、結論の出ない妙見さんつれづれ話でした。

夜空に輝く妙見さん その3 お寺へGO! [解説系]

先月、スカイツリー建設中の押上まで行ってきました。
その足下を流れる北十間川が横十間川と分かれるところに
法性寺という妙見菩薩を祀るお寺があります。
「柳島妙見」という名で有名だそうで、
かの葛飾北斎も信仰しており、境内には北斎の碑も建っていました。

お堂の中は、内陣がシャッターで区切られているのですが、
お寺というよりも神棚、神社的な印象のある祭壇でした。
もちろんご本尊さんの姿は拝めません。
左には弁財天もいらっしゃいました。

妙見菩薩がお祀りされているお寺は
意外にたくさんあります。
東京では他に、雑司ヶ谷の鬼子母神の
本堂裏側にいらっしゃいましたね。
由来書には女性の姿であることが記されていた記憶があります…
あと、神奈川になるのかもしれませんが
とても有名どころでいえば、
よみうりランドの中にお寺があり、
妙見菩薩をまつっていらっしゃいます。
読売新聞社が所持されていると聞いたことがあります。

千葉では前回書いた武士団の関係で、
武将型の妙見菩薩が多くいらっしゃるようです。

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関西ではというと、
いちばん有名なのは大阪・能勢の妙見さん。
日蓮宗信者の武士によっておまつりされて、
法華経の守護神になったそうです。
なので、日蓮宗ではけっこう妙見菩薩をおまつりしているらしいのですが、
私はお見かけしたことが今のところありません…

余談ですが、名字が『妙見』さんという子が
私の妹の先輩にいるそうです。(うらやましい。私にとっては高校の後輩です…)
その子は大阪の子なのですが、
大阪って交野の星田神社・星田妙見宮など
星に関わる信仰をよく聞く印象があります…

また、日本で唯一「北斗七星」を祀っているというのが
大阪の観心寺。
こちらは如意輪観音像で有名ですが、
北斗七星を思わせる7つの塚があるそうです。
こちらでは妙見さんがお祀りされているのか不明ですが、
されていないのであれば、それなりの理由もありそうですね。

他、私が訪れたところでは、
滋賀・三井寺、奈良・法輪寺。
訪れていないところでは、
京都・鷹峯の岩戸妙見宮(円成寺)
などでしょうか…

全国的にみればもっとお祀りしているお寺は多いでしょうし、
神社の数も含めるともっとあるのではないかと思います…
なかなか像まで拝めるところは少ないですが、
柳島妙見のように祭壇が他と違うみたいな部分もあるかと思うので
訪れてみるのもいいかもしれません。

夜空に輝く妙見さん その2 どんな方? [解説系]

妙見菩薩は
北極星(北辰・ほくしん)を神格化した方で、
尊星王(そんしょうおう)や北辰菩薩とも言われています。
(前回の記事では北極星か北斗七星かどちらの仏か
 議論が分かれると書きましたが、
 一般的な書籍では北極星とされていますね…)

「たえにあらわす(妙に見)」ということから
盗難や紛失物を見つけたり、
航海の安全を祈願したりしていたそうです。
このあたりは、季節に関わらず同じ位置に輝く
北極星の性質を表しているといえますね。

また、武士に信仰されたのも妙見菩薩でした。
北斗七星の第七星が「破軍星」と呼ばれているところからきたそうです。
一方、関東では武士団の形成の象徴として妙見菩薩を利用していました。
これは平将門信仰の影響を受けていたといわれています。

このように様々な信仰がある妙見さんですが、
源流は大陸の星に対する信仰で
中国で仏教、道教、儒教、陰陽道などと混ざって
日本にやってきたといいます。
なので「菩薩」という名前になっていますが、
実際は「天部」に属していると考えていいと思います。

その姿は様々なのですが、
カテゴライズしてみるとこのような感じです。

●女性系
 平安期までは吉祥天と同じような姿だったそう。
 とはいえ像はあまり残っていないという…
 (あったとしても、帝釈天とかも似ていて区別がつかないらしい…)

●密教系
 複数の腕に日月や錫杖・杖鉾を持ち、雲や竜に乗る姿。
 絵画で表されているのをよく目にします。
 三井寺には江戸期の仏像もありました。

●童子系
 前回イラストを描いたよみうりランドにある妙見像など。
 右手に剣、左手は刀印(?)。

●武将系
 武具を身につけ、剣を持つ。
 大阪・能勢の妙見さんも武将系で、
 剣を頭上で水平にかかげているのが特徴。

とまあ、いろいろな姿で描かれているのですが、
時代や地域によっての違いかもしれませんが、
なにより、像を造った人がどういう目的で礼拝するかによって
このように様々に描かれたのだと思います。

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以上、妙見菩薩の基本情報でした。
まとめてみればみるほど多様な一面を伺わせる方ですね…

夜空に輝く妙見さん その1 [解説系]

見えないと分かっていても
ついつい夜空を見上げてしまうのが七夕。

星や星座なんていくつかしか知らないけれど、
なんとなく魅力ってありますよね。

小学生の頃、夏休みの宿題で
天体観測的なことを星座盤を見ながらやっていました。
父が北極星と北斗七星の位置を教えてくれたのですが、
私の目には、北斗七星の七つ星が見えず…
今まで一度も完全な柄杓の形を見たことがありません…

今月は、この北極星や北斗七星に関わる
「妙見菩薩」について調べてみようと思っているのですが、
私が見つけられなかった星と同じく、
この妙見菩薩も全体像がはっきり見ることができないだろう
ということだけ、まず最初に頭においておきたいと思います。

妙見菩薩は仏教に取り入れられて、
お寺にまつられているところをよくお見受けします。
しかしそのルーツは中国の道教にあるといわれていて、
とにかくいろんな信仰や歴史がないまぜになって現れた菩薩さんなのです。

それに、妙見菩薩は北極星の化身なのか北斗七星の化身なのか
はっきりとしていないそうです。
この論議は平安期からされているようなで、
そのくらいぼんやりとしている方なのです…

ですので、なかなかつきつめて調べにくい方ではあるのですが、
昔の日本人の星への関心なんかを感じることができて
私は好きなのです。

妙見菩薩について調べたいくつかのことが
今月少しでも書ければな〜と思います。

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通だねェ〜 その4 善光寺式阿弥陀三尊 [解説系]

今月は「○○式」といわれる仏さんについて
見てきたわけですが、
今回がラスト!

「善光寺式阿弥陀三尊」

長野・善光寺のご本尊は絶対秘仏で、
お前立ちですらなかなか拝むことができないといいます。
(確か、昨年御開帳されていましたね)

善光寺のご本尊は、仏教が伝来した際に
百済からもたらされた仏像といわれています。
他国の神を受け入れるか否か、蘇我氏と物部氏が争っていた頃、
聖徳太子の時代といえば分かりやすいでしょうか?
反仏教派の物部氏が、難波の堀江へ打ち捨てた仏像を
信濃国でまつったのが始まりだとか。
その後、伽藍が造営され善光寺が創建されました。
大化の改新の頃のことです。

こちらのご本尊さんは、一光三尊形式で、
阿弥陀如来と両脇侍が、ひとつの大きな光背を背にしているのが特徴です。

私は、もちろん善光寺のご本尊さんにお会いしたことはないですし、
お前立ちも拝んだことはありません。
ですが、一光三尊形式の仏像は見たことがあります。
東京国立博物館の法隆寺宝物館で
ひとつの光背に両脇待まですっぽり入っている小さな金銅仏でした。
(イラストはその方を参考にして描いています)
法隆寺の宝物ということは、
これも仏教伝来初期にもたらされた仏像だと思われるので、
(おそらく日本で作られたものではないかと…)
一光三尊形式というのは、
当時、百済(朝鮮半島)で流行していた形なのでしょう。

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善光寺は平安時代、浄土思想が広まるにつれ信仰を集め、
武士が力を持つようになった鎌倉時代には、
源頼朝や北条氏も厚く信仰したといわれています。
ちょうどこのころ、各地に善光寺のご本尊を模した仏像が
作られるようになりました。
これが「善光寺式阿弥陀三尊」です。

その他の特徴としては、
阿弥陀如来の右手は施無畏印、左手は刀印を組んでいるところ。
脇侍は梵篋印という珍しい印を組んでいるところ。
(左手の手のひらに右手を重ね合わせる)
蓮の花びらが散り終えて残った蕊に乗っているところです。

善光寺式像は
関東・東北を中心に200例ほどあるといわれています。
ぜひ拝んでみたい仏さんですね。

通だねェ〜 その3 清水式十一面千手千眼観音 [解説系]

観光大国・京都の中で、
集客数NO1は清水寺だそうな。
日本人ももちろん多いけど、
海外からの観光客のほうが
多いんじゃないかと思うくらいですよね…

まあ、だいたい舞台から下を覗いて、
地主神社に行って、音羽の滝で水をいただいて…
という感じで、人の流れにまかせて
サッと楽しんでいくという人が多いのではないかと思います。
ですが、このお寺には、スルーするにはもったいない
とてもすばらしい、そして変わった仏さんがいらっしゃるんです。

今日は、清水寺のご本尊である十一面千手千眼観音さんを
詳しく見ていくのですが、
前にもちょこちょここちらのご本尊さんのことについて
書いていたりするので、こちらのページも
よければご覧ください!

◎4月11日号
◎4月18日号


まず、誰もが「え!?」と思うところ…
この仏さんの最大の特徴である、頭上で組んだ手です。

千手観音は、本当に千本の手を備えた仏像もありますが、
たいていの場合、42手に省略されています。
胸の前で合掌している手。
腹の前で宝鉢を持つ手。
まわりに様々なアイテムを持つ手が38本。

基本的には一般的な千手観音と同じ作りで、
普通なら左右一体ずつ化仏を持つ手が
頭上で重ね合わさっているというところが大きな違いです…

これを「清水式十一面千手観音菩薩」というのですが、
私が今まで見た限り、これに習った例は
今まで紹介した「清涼寺式釈迦如来」や「長谷式十一面観音」
に比べると少ない気がします。
(ご存知の方はぜひご一報を!)

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ところで「十一面」で「千手」で「千眼」ってどういうこと?
と思われる方もいらっしゃるかもしれません。
千手観音ってここに限らず、すべて顔が11あるんですよ。
おまけに手のひらに目がついているらしく、それで「千眼」と言います。
これも千手観音の特徴のひとつなので、
全国・全世界、どこの千手観音も、
正式な名前で呼ぶと「十一面千手千眼観音菩薩」なのです。
このあたりはお間違えなく…

清水寺のご本尊は秘仏で、33年に一度御開帳されています。
(まあ、必ずしも33年というわけでもないらしいけど…)
普段は「お前立ち」が代わりに立っていらっしゃいます。
イラストもお前立ちの方がモデルです。
昨年、御開帳の際、ご本尊さんとお前立ちの仏さんを拝みましたが、
ご本尊さんは大変大きな方で、思わず絶句!
顔はお前立ちとは違い、厳しいお顔をされていました。
秘仏なので、写真が手に入らなかったのですが、
その分、自分の脳裏に最初の印象がくっきり焼き付いています…
(絵では表現できないけど)

御開帳の時でなくても、清水寺に観光に行かれる際は、
舞台のところに清水式十一面千手千眼観音さんがいらっしゃるので
姿を思い起こしながら手を合わせて見てはいかがでしょうか??

通だねェ〜 その2 長谷式十一面観音 [解説系]

「○○式」をテーマに
一般的に表される仏の姿とは
違った造形をされている仏像を今月は見ていってます!

「長谷式」…
というとなんだかおカタい感じがしますね。
「長谷(はせ)観音」と言ったほうが身近な気がします。

奈良の長谷寺のご本尊さんのことなのですが、
一般的な十一面観音さんと違うところ…
それは、右手に錫杖(しゃくじょう)を持たれているところです。

錫杖って何?
と思われる方もいらっしゃるかと思いますが、
お地蔵さんが持っている杖も錫杖です。
他に錫杖を持っている仏さんといえば、
不空羂索観音さんと一部の千手観音さんでしょうか?

また、盤石座に立たれているところも違いのひとつです。
持物は目が行きやすく、違いが分かりやすいですが、
台座までチェックできると相当「通だねェ〜」です。

他との造形的な違いはこのくらいなのですが、
私が何となく感じているのは、
「長谷観音はデカイ」
ということです…

本家本元の奈良の長谷寺は
十一面観音の中で最大の10m強。
鎌倉の長谷寺の方もそれに次ぐ大きさだといいます。
西大寺でお目にかかった方も5m近くあり、
見上げて拝むという印象が強い方です。
(もちろんすべての長谷観音が大きいわけではないですが…)

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ところで、ブツゾウブツゾウと言っていますが、
何も彫刻で立体的に表されたものだけが『仏像』ではありません。
絵に描いた仏(仏画)も「仏さまの尊像」という意味では『仏像』です。

長谷観音は仏画にも表されます。

海上に長谷式十一面観音が立たれ、
まわりには変化の三十三身が書かれている仏画をよく書籍などで見ます。
三十三観音の項もよければご参照ください!)
実際、長谷寺の内陣にも
ご本尊を囲むように三十三身が描かれています。

この形式は来迎図とも考えられているようです。
三十三の姿に変化してあなたのところに行きますよ!
というような意味あいでしょうか?
十一の顔がいつも人々を見ているから、
必要な時に現れてくださるのかもしれませんね…

あと、最後にひとつ、
三十三身もポイントではありますが、
長谷観音の脇侍と言えば
雨宝童子(うほうどうじ)」と「難陀竜王(なんだりゅうおう)」です。
たびたび火災でご本尊が焼けているので、
水や雨に関わる方が両脇をシメていらっしゃいます。
長谷式十一面観音を再現しても、
脇侍まで模刻しているかは分かりませんけれど…

以上、長谷式十一面観音さんを見ていきました。
次回はどんな○○式がくるのやら?

通だねェ〜 その1 清涼寺式釈迦如来 [解説系]

いろいろな仏さんを見ていくうちに気付くのが、
「○○式」という言葉…。

今月は「○○式」をキーワードに
仏さんをみていこうかな〜と思っています。

東京・関東はどうか知りませんが、
関西では、仏さんの由縁書に
「この像は清涼寺の釈迦如来を模して作られ…」
といったことが書かれているのをしばしば目にしました。

これがいわゆる「清涼寺式釈迦如来」ですが、
私が推測するに、「○○式」と言われるものの中で、
最大のブームを巻き起こしたものだと思います。

まず、清涼寺のお釈迦さまがどんな方か見ていくと…

清涼寺は京都の嵯峨野(嵐山からすぐ)にあるお寺で、
ご本尊は国宝の釈迦如来。
この像は、三国伝来(インド・中国・日本)の
『生身』のお釈迦さまで、ブツゾウ界では大変有名な方です。

この『生身』というのが一番のポイントです。
お釈迦さま(ブッダ)37歳の時の生き姿を刻んだもので、
これを見たお釈迦さまは大変喜び、
「自分が亡き後、この像が自らに替わって衆生を済度するであろう」
と言われたそうです。
後にこの像はインドからヒマラヤを越え中国へ伝えられました。
そして、中国に渡った東大寺の僧がこれを模刻し、
日本に持ち帰ったのが、今の清涼寺の釈迦如来像だといいます。(寛和元年・985年)

この像は『生身』であるので、
体内に、絹で作られた五臓六腑が入れられています。
(中国の尼僧が入れたらしい…)

また、特徴としては頭が螺髪(ブツブツ)ではなく
渦巻き状になっているところ。
プリーツ状の衣をまとっているところです。
あと、目が比較的他の仏像よりも大きい気がします…
(このあたりはイラスト参照)

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清涼寺の釈迦如来は、鎌倉時代に盛んに模刻が行われ、
大きな寺から小さな寺まで、全国に百数十例が伝えられていると言います。

ですので、「清涼寺式釈迦如来像」を目にすることが
何かにつけあると思います。
その時にこのウンチクなどを述べてみると、
ちょっと尊敬されるか、
ちょっとひかれるか、どちらかの反応をえられると思うので
試してみるといかがでしょうか??

観音さんってね… その5 観音さんを拝むには [解説系]

私は学生時代に京都市内の洛陽三十三観音巡りをしたのですが、
じつは、観音さんに対してなんと言う言葉を唱えればいいか
まったく知りませんでした。

「こーゆーのは〈気持ち〉が大事!」
なんていって、心の中でお経が唱えられないのを詫びながら
「観音さんよろしくお願いします…」と拝んでいました。

今までずっとそういうふうにやっていたのですが、
昨年の夏に奈良の長谷寺の観音さんにお会いした時、
「ああ!観音さんにちゃんとお経をあげたい…」と思いました。

その時、勢いで観音経と般若心経のお経をGETしたのですが、
とにかくどう読んでいいか分からない…
CD付の本を買って勉強中です。

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観音菩薩のお経は、前回、三十三観音の時に書いた
法華経の「観世音菩薩普門品第二十五」。
これが「観音経」と呼ばれるもので、
この中でも「普門品偈(ふもんほんげ)」が仏前で読まれているそうです。
「念彼観音力(ねんぴかんのんりき)」という言葉がたくさん出てきて、
お寺で唱えられているのをよく聞きます。

他には…というより、
観音経よりもよく唱えられているのを聞くのが
「般若心経」ですね。
三十三ヶ所を巡礼されている方々が、
声を揃えて般若心経を唱えられています。
個人的には、この短さと、
「ぎゃーてーぎゃーてー」のところが好きだったりします。

他には「大悲呪」や「延命十句観音経」があるそうですが、
「延命十句…」はすごく短いお経です。

本当ならここでお経に書かれている意味なんかが
書ければベストなんでしょうが、
まだお経すらちゃんと唱えられない私は書くべきではないです。
それに、般若心経だけでもものすごい数の本が出ているし、
解釈の仕方もそれぞれなんだろうなと思います。

とにかく私にとっては実践あるのみ。
もうすぐ江戸三十三ヶ所をスタートさせるので、
各お寺で般若心経を唱えてみようかと思っています。

観音さんってね… その4 さらに変化するんですよ [解説系]

前回は六観音(七観音)について見たわけですが、
今回はさらに増えて三十三観音について調べてみます。

観音菩薩は、人々を救うために様々な姿に変化されるのですが、
教典によっては、6だったり8だったり25だったり40だったりと、
とにかく多様だそうです。

なかでも、観音菩薩の根本教典ともいえる
「法華経」の三十三身は特に有名です。

法華経(法華経)には、
観音菩薩が様々に姿を変えて説法することが説かれていますが、
(梵天、帝釈天、自在天…小王、長者、居士…比丘、比丘尼…天龍、夜叉…)
この数が三十三なのです。

これが元になりできたのが三十三観音です。
インド古来の観音や中国で信仰されている観音を含めた
以下の三十三の観音菩薩をまつりました。

 楊柳(ようりゅう)、龍頭(りゅうず)、持経(じきょう)、円光(えんこう)
 遊戯(ゆうき)、白衣(びゃくえ)、蓮臥(れんが)、滝見(たきみ)
 施薬(せやく)、魚籃(ぎょらん)、徳王(とくおう)、水月(すいげつ)
 一葉(いちよう)、青頸(しょうきょう)、威徳(いとく)、延命(えんめい)
 衆宝(しゅうほう)、岩戸(いわと)、能静(のうじょう)、阿耨(あのく)
 阿摩提(あまだい)、葉衣(ようえ)、瑠璃(るり)、多羅尊(たらそん)
 蛤蜊(はまぐり)、六時(ろくじ)、普悲(ふひ)、馬郎婦(めろうふ)
 合掌(がっしょう)、一如(いちにょ)、不二(ふに)、持蓮(じれん)、灑水(さいすい)

とても多い数ですね…ふう

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あまりなじみのない方ばかりかと思いますが、
楊柳観音・水月観音・魚籃観音は仏像をお見かけしたことがありますし、
白衣観音や馬郎婦観音は仏画を見たことがあります。

三十三観音の成立は近世とも言われていますが、
三十三観音巡礼の霊場は平安期にすでにあったりと、
かなり謎な部分が多いです。
西国霊場をはじめ、ご本尊は六観音の中の
どなたかだったりするところを見ると、
三十三観音の個人名(?)がだいたい決定したのが近世ってこと…?

まとめてみると
法華経三十三身→三十三箇所の観音霊場めぐり→三十三観音の個人名決定
という流れなのでしょうか?
うーん悩ましい。

現在でも三十三観音は各地で巡礼が行われていて、
西国、坂東、秩父の他
京都市内の洛陽三十三霊場(←私は学生時代に満願)
都内の江戸三十三霊場(←これからまわろうと思っている霊場)
鎌倉三十三霊場(←五ヶ所くらいまわったっきり)
など、小規模でもあるので、
満願目指してまわってみるのもいいと思います。

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