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古事記シンポジウムの話 [古典]

先週の日曜は
記紀・万葉プロジェクト/古事記完成1300年記念シンポジウム
に行ってきました。

夏に万葉集首都圏シンポジウムに参加したので、
その流れで(?)今回は古事記でやるよという案内が届き、
面白そうだから行ってみようということになりました。
(そういえば万葉集シンポジウムで講演された辺見じゅんさん、
あのあと亡くなられたんですよね…)

今回は奈良県主催で、古事記に関わる他県が協力して開催されました。
奈良県をはじめ、福井県、鳥取県、島根県、宮崎県の各知事が壇上で
古事記に関わる場所を紹介するという「全国古事記ゆかりの地サミット」があったり、
せんとくんや各県のゆるキャラが集合したり、
里中満智子先生による講演があったりと、
なかなかスペシャルなもので、取材陣も結構いました。
(翌日、結構メディアで紹介されていました。一番アツかったのはせんとくん?)

シンポジウムというとお堅いイメージですが、
古事記をキッカケにうちの県に遊びにきてね!
というのがメインのイベントという感じで、
半日楽しめました。

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私は歴史とか古典とか
詳しくはないにしても好きではあるので、
古事記や日本書紀について多少の知識はありますが、
ちゃんと読んだことがあるかと聞かれると、
う〜ん…となってしまいます。

本も持ってないし。
最初から順を追って読んだ記憶はない。
それなのに、イザナギ・イザナミの話や
天の岩戸、スサノオと八岐大蛇、オオクニヌシ、因幡の白兎、
ニニギノミコト、ヤマトタケル…
詳細まではいかないけれど、ちゃんと知ってるんですよね。

それで、よくよく思い返してみると、
因幡の白兎の話なんかは絵本で読んだ記憶があるし、
天の岩戸とか八岐大蛇の話は
マンガの題材として取り込まれていたり、
旅行に行った先がたまたま古事記ゆかりの地で
いっしょに神話も聞いたりとか、
無意識のうちに触れる機会があったことに気がつきます。
少なくとも教科書には載らないので…
学校で習ったなんてことはないはずです。

そう思うと、
古事記(日本神話)ってすごいもんだなと思います。
だってこれって神話が自分たちの身近にあるっていうことですもんね。
天皇家がどうの…みたいな話になるとややこしいですが、
物語として本当に魅力的だと思います。
当時の日本人はいったいどれほどの想像力・創造力を
持っていたんだろうかと考えてしまいます。

私の中では歴史、風土、日本自体を知る上で外せないものと捉えているので、
古いものと終わらせるにはもったいない。
必ず新しい発見ができるに違いないので
今は読まなくても、
今後の人生の中で必ず読むであろうもののひとつです。
(というか、今でも図書館で気になる部分を断片的に読んだりしてるんですけど)

越の国に思いを馳せる [古典]

今日は
万葉集首都圏シンポジウム
大和と越ー大伴家持の歌心をめぐってー
を聴講してきました。

5月末に奈良アンテナショップに行った話を書きましたが、
そこに案内チラシが置いてあり、
無料だというので(笑)申し込みました。

なんでも来夏に富山ふるさと文学館(仮称)が開設するので
その紹介もあってのイベントであり、
また、古事記完成1300年のプレ・イヤーということで
奈良も一緒にこのシンポジウムが開催されたようです。

中西進、佐佐木幸綱、辺見じゅんと
錚々たる先生方のお話。
そして奈良県知事&富山県知事もいらっしゃるということで
一体何が行われるのか…
シンポジウムなんて大層なもの初めてだわ…と
身構えてしまいました。

内容は、私みたいな万葉初心者でも分かるような話が多く、
また、分かりやすい解説で安心しました。
「大和と越」とありますが
主に越中で詠まれた家持の歌を中心に紹介され、
富山の自然風土を感じられる内容でした。

大家の先生方のお話はもちろんですが、
奈良県知事が記紀万葉について話をされ、
富山県知事が富山の風景とともに越中万葉を紹介する
パネルディスカッションには
おふたりの知識の深さ(地元愛?)にとても驚きました!

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実はかねてより富山に行ってみたい、
雨晴海岸から立山連峰を望んでみたいと思っていたのですが、
今回の話を聞き、その思いが急速に強くなりました。
行くとしたら文学館ができてからにしようかと思いますが。
万葉線も乗ってみたいな…

大和とは全く違う越の国の風土。
その場所に赴任してきた家持。
家持のフィルターを通して詠まれた越の風景は
今でも残っているのだろうか…
とても気になります。

羽田から高岡市までは1時間40分ほどで行けるそうなのですが、
私にとっては奈良時代に1時間40分で行けるというように聞こえます(笑)
富山には有名な仏像がいらっしゃるとはあまり聞きませんが
(高岡大仏は………)
万葉集を目的に旅をするのもありかなと思います。

源氏物語を選んだ理由 [古典]

今年の目標は源氏物語を読破すること。

学生の時に一度開いたけれど
途中でやめたのでリベンジしよう。
というのがざっくりした理由です。

でも、他にも読みなおしてみたい理由が
いろいろあります。

京都検定の勉強をしていて、
平安京が思った以上に荒廃していたことを知り、
じゃあ当時の歴史を物語るであろう源氏物語には
どのように描かれているのか気になったのです。

今ちょうど「夕顔」の最初まで読みましたが、
五条のあたりは「みすぼらしいそのあたりの大路」と
表現されています…
町中もけっこうすさんだ感じだった?とか、
千年前の京都の姿を想像しながら読むのもいいな
なんて思っています。

また、学生時代に日本美術史を履修していた時
源氏物語絵巻について勉強をしました。
その際に源氏物語のおおまかなストーリーは知ったのですが、
美術品から源氏物語を感じることができるということも
初めて知りました。

どういうことかというと、
たとえば扇子の上に夕顔の花がのっている絵がかかれていると
それは「夕顔」の巻を暗示しているとか、
碁盤が出てきたら「空蝉」の巻だ…みたいな
アトリビュート的なものが存在するというのです。

私も日本美術を鑑賞することがあるので、
こういう知識を知っていれば、
美術品の見方も変わるかなという期待をこめて
読んでみようかなと思いました。

他にも、
この時代にはどんな仏教の思想があったのかとか
どんな文化があったのかなど
ストーリー以外の部分で興味を引かれる部分が多いです。
(もちろん光源氏をはじめ登場人物の好色っぷりも気になりますが…)

今はまだほんの触りくらいしか読めていませんが、
いろいろ気がついたことをメモしたりしてます。
ある程度読めたら、面白いなと思ったことを
ブログに書いていきたいなと思っています。

ただ、あまり気を張りすぎるとイヤになるので、
ほどほどにして…
前回「明石」あたりまでは読んでいるので
せめてその壁くらいは乗り越えたいなと思っております!

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電子書籍で読むならやっぱ古典かな… [古典]

街中とか電車内とかでiPadを使っている人を
ちょこちょこ見かけるようになったけれど、
なんだかまだ使い慣れてないご様子なのが
離れて見てても分かりますね…(笑)

私としてはまだどんなものなのか分からないので
そこまで興味ないです。
まだ『買い』だとも思えないですし…

本も、小説は読みませんが専門書は好きなので
ぜひそういうのが読めるのであれば欲しいですね。
(でも、iPadは電子“書籍”の枠を離れてる気がしますが…)

特に古典文学があればすごく欲しい!
古典といっても、漱石だ鴎外だ太宰だってのじゃなくて
古事記・日本書紀・万葉集・日本霊異記・今昔物語・源氏物語等々。

図書館にずらっとならんでる古典文学全集が
あの薄い端末に収まってたら素敵だと思いません?

ここからは夢の話なのですが、
たとえば古事記にのっている内容は日本書紀ではこう書かれている
…と指先ひとつでリンク先に飛べたり、
万葉地名もGoogleマップみたいな地図付きですぐに検索できたり、
このとき光源氏が奏でてた音楽はこんな感じとか、
こんな服を着ていたとかね。

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本では今ひとつ分かりにくい注釈部分を
画像やムービーで紹介するとかどうでしょうか?

そして、研究者によって新説が浮上したら
どんどんアップしていけるとか!

ああ、夢だから言えるけど、
ぜひともこういうの作ってよ!大手出版社!
一生モンにできるくらいのアプリをぜひ!

日めくり万葉集! [古典]

年明けくらいに『万葉集への招待』
という特番の再放送を見て
「万葉集ってぜ〜んぜん知らんかったけど、
なんか昔の人の作ったモンとは思えへんな〜」
…と感じたことかキッカケで、一日一首万葉歌を紹介する
この番組を見はめました。
2月の半ばくらいからです。

毎朝録画して、出勤前に見ていたのですが、
じーんとくる歌もあれば
笑ってしまう歌もありました
(眠気に負けてしまい、ほとんど内容を覚えていない歌もありますが(笑))
この1年勉強させていただきました。

万葉歌を知る。
その時代背景や詠んだ人物を知る。
語る人を知る。
(この番組を見てなかったら、中西進さんや奥村彪生さん、
アレックス・カーさん、リービ英雄さんとは出会わなかっただろうな…)

とにかくいろいろ学びましたが、何よりも大きかったのは、
「自分なりの解釈をもっていいんだ!」ということを知ったことでしょうか。

「田子の浦ゆ…」や「あかねさす紫野ゆき…」、
旅人の讃酒歌、大津と大伯の歌などは何度も採り上げられていました。
語る人によってこれらの解釈は違っていて、
それはその人の経験などが明らかに反映されていました。
研究者だったら文学的・歴史的な観点などから、
ひとつの正確な答えを出さなくてはいけないんでしょうけど、
そうでない人はもっと歌を自分の立場に置き換えて読んでもいいんだ。
ということを見ていて感じました。

万葉集の歌は4500首以上あり、
必ずその中に自分の気持ちを代弁してくれる歌が存在しています。
万葉集の一番魅力的な部分ってここだと思うんです!

こういう素敵な番組を制作できる。
さすが、教育と言えばNHK!(笑)
今年の放送分は先週末に終わったようですけど、
来年もあるんでしょうか…
ぜひやってほしいです。
でないと、朝の時間がただのおねむりタイムになってしまうので…

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ふたつの鷺坂 [古典]

以前、本屋で万葉集に関する本を立ち読みしていて
その中に、全国の万葉歌碑の場所を記した分厚い本がありました。

ぱらぱらーっと見ていて、
地元、宇治にはやっぱり万葉歌碑が多いなーと思ってたんですが、
東京にはどのくらいの歌碑があるのかと気になり、
目次を見てみました。

確実にあるのは「多摩川に…」の歌。
他にあるのかな?と見てみると、やはりあまりありませんでした。
けれど、その中に「文京区」の文字が。
どれどれ、文京のどこにあるのかな…?
とページをたぐっていくと、
なんと、私の家の近く、小日向あたりにあるということでした。

「山城の久世の鷺坂神代より
 春ははりつつ秋は散りけり」(9-1707)

この歌碑があるようで、
まず「ん!?」と思いました。

「山城」といえば、私の地元も山城…
「久世」といえば、その中でも城陽市のあたりじゃ…
なぜ東京にこの歌があるのかと疑問に思いました。

そのあとすぐに、この歌碑のあるという「鷺坂」まで行きました。
家から歩いて5分ほどのところ…
(そういえば前、この辺りを散歩してたんですけど気付かなかった…)
石に鷺坂と彫られていて、その側面に万葉歌が刻まれていました。

碑の後ろにいわれ書きがあり、それによれば、
この辺りは江戸時代、久世大和守の屋敷があったらしく
この小高い山(岡?台地?)のことを、
昔から「久世山」と呼んでいたそうです。
大正時代以降は住宅地となり、
この場所にゆかりのある文人達が
(堀口大学・堀口九万一・三好達治・佐藤春夫ら)
山城国の鷺坂と結びつけてこの直角に曲がる坂を
「鷺坂」と名付けたそうです…

ゆかりのある久世の鷺坂の名をいただいたってことですね。

で、ですね。
その久世の鷺坂はどこにあるのかということなのですが、
京都府城陽市にある久世神社の東側の坂が
そうではないかと言われているそうです。
久世神社の名前は聞いたことはありましたが、
おとずれたことはなかったので、
この間帰郷したときに、連れて行ってもらいました。

父は城陽の人なので、子供の時からここに来たことがあるようでした。
城陽は古墳が多く、当時から人の住む場所だったことが伺えますし、
久世神社のあたりも、古墳や遺跡が数多くあります。
久世廃寺というお寺もこの場所にあったようです。

こちらにも万葉歌碑があり、
新しく建て替えられた久世神社に手を合わせてきました。
鷺坂といわれている道は、今では住宅に囲まれていますが、
昔は草花生い茂り、(白躑躅とか…)
秋は落葉を楽しめた場所だったのかなと思うと
万葉の時代がとても近くに感じることができます。

…それにしても、
京都と東京、離れた場所にあるふたつの鷺坂に
偶然にも出会ってしまった私って…なんなんでしょうね…
なんかあるのかしら…

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青旗の木幡の上 [古典]

今年に入ってから熱心に読んでいるのが
「万葉集」。
先日、中西進さんの全訳注原文付1を読み終えました。

万葉集に出会って、
比較的最初のほうに興味を持った歌があります。

「青旗の木幡の上をかよふとは
 目には見れども直に逢はぬかも」倭大后(2-148)

亡くなった夫の魂が木幡山のあたりを通っているのを
はっきりと目に見るけれど、直接には会うことはできない
という歌です。
ただ、歌の内容はともかく、
私の中では「え!?こはたってあの木幡のこと?」
という部分に興味を持ちました。

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確かにあの辺りには宇治稜とかあるけど…
でも時代が違うし…
けど、宇治を詠んだ歌なんやぁ
なんて親しみを抱いたものでした。

ですが、万葉集やこの時代の背景を知ることで、
必ずしもこの歌の木幡が
現在の宇治市の木幡をあらわしている訳ではない
ということが分かりました。

かつての木幡は大変広域で、宇治郡だけでなく
紀伊郡までもその一部であったそうです。

この歌を詠んだ倭大后の夫とは、
大化の改新で有名な中大兄皇子こと天智天皇。
ここでいう木幡は、今の山科陵(みささぎ)のことなんですね。

宇治出身の私としては少し残念でした…
けれど、やはり古代のロマンに胸をときめかせてしまいます[ハートたち(複数ハート)]

けれどちょっと待って…
こんな歴史の教科書でも最初のほうに出てくる有名人のお墓が
あの山科の御陵のことだったなんて、学校では習わなかったぞ!
うちの母も天智天皇の御陵だったとは知らなかったようです。
これでいいのですかっ!教育委員会っ!

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