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『死者の書』 [その他]

先日、川本喜八郎氏が亡くなられたニュースを
ネットの記事で読みました。

川本氏の人形アニメ『死者の書』を映画館で見たのは
もう5年も前のこと。

今思うと、なぜこの映画を見に行ったのか
正直覚えていなくて…
川本喜八郎氏に関しては
本で名前を知っていた程度。
代表作である『三国志』は見たことありません。
それに映画の内容についても
事前に知識があったわけではなく、
原作者の折口信夫は知ってたけど、
中将姫の話も、大津皇子のことも、当麻曼荼羅のことも
映画で初めて知りました…
自分の中でも謎が多いです。

この作品が氏の遺作となりました。

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宮沢りえや岸田今日子が声優として参加していて、
郎女(宮沢りえ)が
「なもあみだーほとけーあなとうとー あみだーほとけー」
というのがとてもカワイイです。

この作品で印象的なのは、
二上山ごしに現れる阿弥陀如来の姿でしょうか。
郎女はその姿をまた拝するために
写経をし、当麻寺にたどり着く。
外の世界を知らない娘を目覚めさせるほどですから。
そして、阿弥陀の(大津皇子の?)あらわになった肌に
衣をおかけしたいという思いが、
蓮糸で布を織らせ当麻曼荼羅を描かせたのです。

郎女には「信仰心」とかいう気持ちはなくて、
山のかなたに現れた“あの方”へお慕いする
「純粋な気持ち」しかないこと。
その部分が映画を見たその当時でも
原作を読み直した今でも心に残ります。

5年も前に見た映画なので
細かいことはあまり記憶していないのですが、
もう一度見たいなと思います。
BSやCSで放送しそうな予感が…
何か機会があれば是非!

最近思うのです… [宇治・京都・関西]

最近思うのです…

「奈良に行きたい」

といつも思うんだけど、
実はよく考えると

「奈良時代に行きたい」

んだと気づきました…



奈良に興味を持ったのは
本当にここ2〜3年のことで、
それまではどっちかというと
ぞんざいな扱いをしていたような気がします。
(それは市街地の栄えかたなんかに対する批判ですが…)

でも、仏像の歴史をたどるのと同時に
自然と奈良時代の知識も身についてきて
当時はどんな感じだったのかな。
宮仕えはつらかったり、天災とかもひどかったのかな。
どんな自然に囲まれていたのかな。
と思ったりすることが多いです。

さすがにそればっかりは
現在の奈良にいても感じられないこと。
できればその当時に行って体験してみたいな。
なんて、子供のようなことを思います。

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興味を持ったのはここ最近…
と書きましたが、
子供の頃、飛鳥時代に憧れて
高松塚古墳に行ったことがありました。
まだその価値さえ分かってなかったと思いますが、
その頃から本当は心の奥底で『好き』なのが眠っていて
最近になって目覚めたって感じですかね。

先月行ったところなのにもう渇望してます。
次にいけるのはいつのことやら。
それまでは家で勉強するしかないのか。
はあ〜。

【番外編】夏休み奈良探訪@三井記念美術館 [仏教・仏像]

実家から帰郷した翌週に、
日本橋の三井記念美術館で開催されている
「奈良の古寺と仏像 会津八一のうたにのせて」
という展覧会に行ってきました。

この少し前に日曜美術館で紹介されていて、
気になっていたのですが、
唐招提寺にいらっしゃる如来像がこちらに出張中だったので
行くことに決定しました。

実はそれほど期待してはおらず
メインのものだけ見ればいいやくらいの気持ちで行ったのですが、
これがまた結構よくて…
楽しませていただきました。

法隆寺や東大寺をはじめ、
奈良の名だたるお寺の仏像が集結。
飛鳥〜奈良期の金銅仏は細部まで確認することができますし、
金銅仏以外の仏像も、有名な方では
東大寺の五劫思惟阿弥陀坐像
法隆寺の夢違観音
唐招提寺の如来形立像
がいらっしゃいました!
もちろん他の仏さんも見入ってしまう方々ばかりです。
(注文をつけるとすると、木造と乾漆とか
 制作方法が書いてないことですかね…)

仏像以外では仏教工芸品も展示されており、
舎利塔に鹿を描いた春日形厨子は初めてお目にかかりました。

そして何よりも、この展示を引き立たせているのは
会津八一のうたの数々。
各寺ごとに八一の詠んだうたが添えられていて、
これがすごくいい!
(ガラスケースの上端に
 シールが貼られているだけの所もあるので見逃し注意!)

単に仏像を見るだけではなく、
その仏像が納められている寺の風景や
奈良の時間なんかを頭の中で思い描くことができます。
これができるかできないかで、
展示を楽しめる割合が変わってくるかと思います。

うたに詠まれているお寺は
訪れたことのあるところが多かったので、
東大寺の大仏殿や法隆寺の金堂、
薬師寺三重塔の水煙が頭の中に蘇りました。

会津八一については、名前くらいしか知らなくて、
他に知っていることといえば
奈良にいっぱい歌碑があって、
うたをかなで書く人ってくらいでした。
八一も奈良の仏像に魅了されたそうなので
勝手に親しみを持ってしまったのですが、

『観佛三昧』

と書かれた八一の書を見たとたんに
師と仰ぎぎたく(!!)なりました!
なんていい言葉でしょう。
私も負けずに「三昧」したくなります!
(この書、レプリカでいいんで欲しいです…)
今後、会津八一について調べようかと思いました。

そんなこんなで、
奈良の仏像や、自分の奈良の思い出と再会でき、
新しいものとも出会うことができたので、
とても充実してしまいました。

9月20日(月・祝)まで、
日本橋三越のおとなり三井記念美術館でやってるので
ぜひともどうぞ。
私ももう一度行こうかな…

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夏休み奈良探訪@奈良国立博物館 [仏教・仏像]

土砂降りの雨の中、
唐招提寺から奈良国立博物館までタクシー移動。
着く頃には雨もだいぶマシになっていました。

最初から博物館はプランに入れていたのですが、
その目的は、ここで売っている「元気が出る仏像」というシリーズの
ハンコとマグカップが欲しかったから。
でも、帰郷する直前に
「なら仏像館」ができたという記事を読んで、
せっかくやし見よう!と決めました。

入るととにかくブツゾウ・ブツゾウ・ブツゾウ…
クラクラするくらいに仏さんがいらっしゃいました!!

私、高校の頃(7年くらい前)にここに来たことがあって、
仏像がたくさんいらっしゃった記憶があります。
(誕生仏が印象的だったなあ…)
でも、その時よりも増しているような感じがしたのは私だけでしょうか?

とにかくいろんなお寺から出張されていたのですが、
東大寺の誕生仏や西大門勅額があったのは衝撃的でした。
なぜかって?
この方々は恐らく、秋に東京国立博物館でやる
東大寺展にいらっしゃるだろうから…。
なんか、先にオイシイところをかじっちゃった気がするな〜。

他にも、奈良らしい役行者像や伎楽面もありました。
特別に展示されている、法華堂の金剛力士像はデカすぎてびっくり!
実際に法華堂で見た時は、まわりの仏さんもみんなデカかったので
感覚が麻痺しちゃってましたが、
こうやって博物館に飾られると迫力が違うな〜と思いました。
顔面や血管などの細部はリアルに表現しようとしているのだけど、
全体的に固い感じがありますね。
髪の毛のパンクな感じは逆に今風かもしれませんが…

ぐるっと一周まわったのですが、とにかく多すぎて疲れました…
前半に薬師寺と唐招提寺に行っていたから仕方ないのですけれど。

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その後、東新館で行われている
「仏像修理100年」展を見ました。
疲れているのでザーッっと流し見しようかと思ったのですが、
これが意外に面白くて…

唐招提寺金堂の薬師如来の手に古銭が埋め込まれていたというのを
前回のブログに書いていますが
その経緯がこちらで展示されていたり、
鎌倉・円応寺の閻魔像の修理について書かれていたり、
仏像復元の箇所では、大阪・勧心寺の如意輪像のレプリカがあったりと、
最前の疲れなど吹き飛びました!
もちろん仏像だけでなく、
復元の技術の高さも伺えて参考になります。
9月26日までやっているので、奈良に行かれる際はこちらがオススメです!

これにてひとまず奈良の仏めぐりは終了。
このあと奈良町へ出かけたのですが、
またしても土砂降りにあい大変なことに…
ちょっと残念な部分もありましたが、
充実した夏休みを過ごせました!

夏休み奈良探訪@唐招提寺 [仏教・仏像]

薬師寺の玄奘三蔵院伽藍を出て、
北へ数分歩くと唐招提寺に着きます。

この日は朝から天気が悪かったのですが、
そろそろ傘をさそうかな〜と思う程度の
ぽつぽつ雨が時々降っていました。
でも、唐招提寺に着いた時は雨は止んでいました。

門の額(?)にはいい感じに彫られた
「唐招提寺」の文字。
孝謙天皇の字らしく、センの細さは女性らしいけど、
なんだかトゲトゲした日本っぽくない字だなーという印象です。
やはり唐風なんでしょうか??

門をくぐると目の前に金堂が。
屋根には唐招提寺のシンボル的存在の鴟尾が乗っています。

昨年まで金堂の大修理が行われていましたが、
そのテレビ番組を見ていて、
唐招提寺にはすごく大きな仏さんがいるんだ!
と、頭で思い描いていました。
もちろん実際はそこまで大きくないと分かっていながらも、
勝手な期待をしていました。

実際の金堂は、私が思っていたよりも小さく感じ、
中にいらっしゃる仏さんもそれほど大きくないなと思いました。
(私の中では東大寺の大仏クラスの大きさだった(笑))
ですが、大きさが良し悪しを決めるわけではないんですけどね。

さて、中央の盧舎那仏は、
なんだか怒っているようなツーンとしたお顔で
でも、どこか子供のような顔立ちをされています。
盧舎那仏って、あまり他にいらっしゃらず、
それこそ東大寺の大仏さんくらいしか
拝んだ覚えはありません。
その大仏さんに比べると、
もっと身近に感じる仏さんだなと思いました。

向かって左側にいらっしゃるのは千手観音さん。
こちらの方は実際に千本の手を持っていらっしゃいます。
(でもホントは911本なんだって)
実はこの方が3体の仏さんの中で一番お会いしたかった方なのです。
千本の腕はやはり重厚感があるのですが、
そのお顔は腕の重さも気にしないようなベビーフェイスで、
おでこが大きく(第三眼があります)
あごが小さいところにとても親しみを感じます。
なんだか妹に似てるような気がしたりして…(笑)

向かって左にいらっしゃるのは薬師如来さん。
たまたま団体さんを案内するガイドさんの説明を聞いたのですが、
左手の中に古銭が埋め込まれていたのが
昭和期に発見されたらしいです。
この方は薬壷は持っていらっしゃらないのですが、
衣は他の薬師像と同じような着方をしていました。
この方もおでこちゃんであごが小さい方でした。
そう見ると、盧舎那仏も同じような顔つきに思えます。

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金堂の裏には講堂があり、
弥勒如来像が祀られていました。
弥勒菩薩像はよくお目にかかりますが、
如来像はあまり見たことがありません。
薬師寺にもいらっしゃったのが気になりますね。
奈良には何か弥勒如来についての信仰があるのでしょうか?

講堂を離れると雨が降り始め、
東側にある新宝蔵に着く頃には土砂降りになっていました。
新宝蔵には改修前に乗っていた鴟尾
いわゆる『天平の甍』が展示されていました。
これも思っていたよりも小さかったのですが、
この大きさのものをふたつも作るのは大変だっただろうと推測されます。
他には木造の仏たちがずらりと並んでいて、
皆、同じ顔だったのが面白かったです。
お抱えの仏師がいたのでしょうか?

でも、大事なあの方を忘れている…
ヴィーナスに例えられる
顔と腕のないトルソだけの木造の仏。

気になって聞いてみると、東京に出張中だとか。
なぜだか少し安心しました。
(三井記念美術館の展示については後ほど)

土砂降り雨が止まなかったので
境内をブラブラする気になれず、
御朱印をいただいてすぐに出ました。
他にももっと見るべきところはあったでしょうし、
鑑真和上像もいつか拝みたいので、
また今度の機会に残しておこうかと思います。

最後に、門のところで金堂の方を振り返ると
異様なまでに屋根が重厚なことに気がつきました。
創建当寺はもっと軽やかな屋根だったらしいのですが、
改修等があり、屋根が厚くなってしまったそうです。
でも、離れて見ると
シンプルでとても美しい建物だなと感じました。
建築に興味がない私が思うくらいだから、よほどです。

次に訪れた時はどんなことを感じるのか楽しみです。

謎多き大文字 [宇治・京都・関西]

お盆といえば…
我が家ではお墓参りに行くくらいで、
魂迎えもしなければ魂送りもしないので、
お盆という行事の重要性がいまひとつピンときていない私。
でも、その分どんなことをやっているのか気になるんですよね。

京都では16日に五山の送り火が行われますね。
よくよく考えると、
山に火を焚いて文字にするという、とんでもないイベントです。

以前本で読んだのですが、
この行事はよくわからない部分が多いそうです。
明確にいつから始まったとか、
なぜ「大」なのかとかも含めて。

それを読んで、私も「?」と思ったことがあるのです。
きっと解けない謎なんでしょうけれど…

〈不思議その1〉「妙法」の並び順

送り火は、東の「左大文字」から点火され、
「妙法」「船形」「右大文字」「鳥居形」と、西へ進んでいきます。
(南側から北を望むと、右側から左側へ移っていく順番)

「妙法」は松ヶ崎というところにあって
ここは昔、日蓮宗の人たちが住んでいたところらしいです。
(今でもこの辺りには日蓮宗のお寺が多いみたい)
それで、『南無妙法蓮華経』の妙法だそうなのです。

私が疑問に思うのは、「妙」と「法」の位置で、
なんか昔の新聞とかって、横文字は右から左に書いてたじゃないですか。
(「国帝本日大」←みたいな…)
どうして「妙法」は今現在と同じ左から右に読むようになっているのか?
というトコロです。
それに点火する順番からしても、左大文字の後に点くなら
「法妙」でもいいんじゃないの?
と思ってしまいました。


〈不思議その2〉なぜ「鳥居」?

大文字というのは、ご先祖様の霊をあの世へ帰すためのものだと
子供の時に教わりました。
左大文字から始まって、西の鳥居をくぐって帰る。
それも子供の時に聞きました。

西の「鳥居形」は、
おそらく京都の西側にある愛宕山の愛宕神社の鳥居を
モチーフとしているのだと思うのですが、
でも…
お盆(盂蘭盆会)って仏教行事じゃないの?
それなのになぜ、神社の鳥居なんでしょうか…?

それが気になり、数年前に祖父に尋ねたことがあります。
(祖父の実家は神道なのです。まあ、ムコ養子さんなので…)
なんでも、神道でもお盆のようなことをするとかで。

それもホントかどうかは知りませんが、
確実に神仏が習合しちゃってるなという感じを受けました。
その曖昧さがいいのかもしれませんが…

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何でもない素朴な疑問なのですが、
ちょっと見方をかえると
定番のイベントも面白くなるな〜と思いました。
とはいえ、解決したわけではないのでスッキリはしていませんケド。
ご存知の方がいたらお教えください!


京都検定講習会 5回目 [宇治・京都・関西]

昨日、京都検定の講習会に行ってきました。
テーマは「彫刻」!
待ってましたって感じです。

講習会の前に、日本橋の三井記念美術館でやってる
「奈良の古寺と仏像」という展示を見て来たくらいですから。
(この話はまたいずれ…)
気持ち的には準備万端!
でも、講習会は京都の仏像中心なんですが。

基本的なカテゴリー分けのトコロとか、
超有名仏像の話はさすがに知っていましたが、
奈良から平安時代にかけて造立された仏像のスタイルを
制作年代順に細かく見たことはなかったので
そこは結構面白かったです。

確かに、神護寺・醍醐寺・仁和寺の薬師像を
並べてみると、顔つき・体つきがぜんぜん違うし、
康尚・定朝父子の制作した仏像は、
大陸の影響をうけていた以前と
確かに違うなと改めて感じました。

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私、あまり仏師について詳しくないのです。
超有名人の止利仏師・定朝・運慶・快慶は
代表作をあげられるけど、
それ以外の人(話にでてきた父の康尚など)や
円派・院派とかは、
聞いたことはあってもなかなか説明までは難しいです。

今回の話で、多少関心が持てたかなと思ってます。

康尚の作ったもの(伝も含む)を
講習会では3作ほどあげていましたが、
遍照寺の十一面観音像は全く知らなかったし、
誓願寺は何度も訪れてますが、毘沙門像があったことも覚えていません…
唯一、同聚院の不動明王像はお目にかかったことがありますが、
あの方は他の不動像とは明らかに違い優しい感じでしたね。
見れていない2作もいつか見比べてみたいものです。

後半は東寺講堂の仏像の紹介でした。
私にとっては復習という感じでしたが、
中央の五智如来についてはあまり詳しくなかったので
勉強になりました。
あと、最近五大明王さんにお会いしておらず、
どの方がどんな印を組んでいるのか
頭から抜けているな〜と実感。
時々復習しないとダメですね。

ここのところ奈良の仏像ばかり見ていたので
(そういえば明王像って京都ほど有名な像がないですね、奈良では)
京都の仏像の見逃しているものをちゃんとチェックしていかないとな
と思いました。

夏休み奈良探訪@薬師寺 [仏教・仏像]

夏休み中の29日には奈良に行ってきました。
前からずーっと行きたかった薬師寺&唐招提寺。
唐招提寺が大改修されていたので
それが終わるまで…と辛抱強く待っていました!

近鉄に乗り西大寺から2駅。
西ノ京駅で下車。
東に進むと薬師寺の境内にたどり着きます。
こんなに近いとは思っていなかったので驚きです。

両親もいっしょに行ったのですが、
ふたりとも遠足で来たことがあるそうです。
私の時代だと小2の春に東大寺の大仏を見に行ったのですが…
けっこうチョイスがシブいですね。

チケットを買う際、受付のおばちゃんに
「今日は特別拝観とかされてるんですか?」
と伺ってみました。
すると「今から30分間西塔の中に入れますよ」と教えてくれました。
やったね。聞いてみるもんです。
(1日に3回ほどやってるみたいです。私は11時からの30分間でした)

ということでまずは西塔を拝観。
朱塗りがきれいな三重塔でした。
中は釈迦の生涯をあらわす像が配置されており、
東に成道。南に初転法輪。西に涅槃(北枕でした!)。
そして、北には弥勒如来の像が置かれていました。

その後、東塔へ向かいました。
こちらは古く、中も西側の扉からしか見えませんでした。
釈迦像も移動されていてありませんでしたが、
写真には苦行の像が映っていました…

薬師寺はこの三重塔が有名ですが、
建築が不得意な私は、まだこの味わいが理解できていないようで…
リズミカルな屋根だというのは分かるんですけどね〜
『凍れる音楽』だそうです…

さて、前菜を終えた気分で金堂へ。
中の薬師三尊さんの黒光りボディーが
開け放たれた扉から見え隠れしていました。
こちらの日光&月光菩薩さんとは東博の薬師寺展以来です。
あのときは後背もなかったですし、
『ホーム』の薬師寺でお会いすると雰囲気が少し違うように感じました。
三尊そろってひとつの形をなしていますしね。
やはり仏教的な荘厳さや威厳があるなと感じました。
(日光・月光さんの話はイラストで…)

薬師如来さんは初めてお会いしましたが、
なんとなく印象として蟹満寺の釈迦像を思い出しました。
(写真でしか見たことないんですが…)
単純に黒光りしてるところが似てるなと思っただけなんですが、
圧迫感のある、いかめしい顔と比べると、
もっと広く遠くを見つめられていて、
体つきもリラックスした感じで親しみやすい感じがしました。
火災にあったために金もわずかしか残っていませんが、
全身金色だったらまた印象が変わっていたのだろうなと思います。

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金堂の北側にある大講堂には白鳳〜天平時代の
弥勒三尊像が祀られています。
脇持が日光・月光にポーズ等が似ているのですが、
なんだか不安定な感じで完成されていないように思いました。
それよりも、弥勒のそばに置かれていた無著・世親像に目を引かれました。
近世の作なのですが、「印度カラ来マシタ」と言ってくれそうな顔つきで、
ボロをまとっているところなんかグッときました。
三尊のバックヤードには同じ制作者の十大弟子像があるので必見。
また、仏足石と仏足跡(石?)歌碑も忘れずチェック!

回廊の東側にある東院堂には聖観音像がいらっしゃいます。
この方も薬師寺展でお会いしていますし、
東博にはレプリカもあるので久しぶりにお会いした感がないです。
この方の衣の裾の形に時代を感じます…
東院堂には四天王像も祀られていて、
増長天(だったと思う…)のブーツに注目!
こんなのあったら欲しいです。

広い薬師寺のメインの部分は拝観しましたが、
最後に、北側にある玄奘三蔵院伽藍へ足を運びました。
お堂の中には玄奘三蔵の像が祀られていましたが、
その前に、故平山郁夫氏の写真が飾られていました。
氏の描いたシルクロードの絵を見て、
次の目的地、唐招提寺へ向かいました…

相変わらず懲りてない私 [宇治・京都・関西]

早めの夏休みをエンジョイし、帰ってきたよ東京!
24日から今日まで宇治の実家に帰ってました。
友達に会ったり、お寺に行ったり
京都・神戸・大阪・奈良の4都市を巡りました。
楽しかった〜。
そして私の夏は終わった〜(悲)

とりあえずお寺巡りの最初から思い出すと、
まずは『リベンジ鞍馬寺編』をお送りします。

参拝したのは26日の月曜日。
母を連れて鞍馬寺の毘沙門さんにリベンジだ!
と意気込んで出発。

今年の正月…寅年の元日にも会いに行ったのですが、
冬場は霊宝館が開いていないそうで、
雪の中、金堂だけお参りしてリベンジを誓いました。
(その顛末はこちら→年明け早々やっちまったよの回で)

京阪から出町柳で叡山電車に乗り換え、
ゆ〜っくり鞍馬に着きました。
とにかくまずは腹ごしらえ。
12時を廻っていたので、門前のお店でうどん&丼をたいらげました。

十分満たされたお腹を抱え、いざ出発。
門のところで入山料を払って…


て…
って!!
なんか書いてある!

ひいい!
「霊宝館休館日」

な、なにい!!
もうボーゼンですよ。
入山するだろうと券売のおばちゃんは
パンフレットを2枚準備してたりなんかして…
そのおばちゃんに怖々「休みなんですか?」と聞いてみると、

「月曜日は休館日なんです」

ひえ〜〜!
鞍馬寺は市の施設か〜!?

ちゃんと調べてこなかった自分に絶望だし…
ここまでついて来てくれた母にも申し訳ないし…
トロい叡電は片道410円もかかるし…
山登りで消化するだろうと昼ごはん多めに食べたし…
とにかくいろいろと心にのしかかるものがあって
テンション急降下してしまいました…

言い訳ですが、
鞍馬寺ってサイトないので調べようがないんですよ。
それに、正月行った時は入山料いらなかったので
パンフももらってないし、詳しいことが分からないんですよね…
まあ、とにかく皆さん私みたいにならないように気をつけてください!

その後、すぐに叡電に乗り引き返し、
下鴨神社の御手洗祭りに行きました…

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ほんと散々でしたが
また行くぞという気はあるので、
次こそリベンジしたいと思いマス!!

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