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浄楽寺に行ってきたのです [仏教・仏像]

訪れてしばらく経ってしまいましたが、
3月3日に横須賀の浄楽寺に行ってきました!

2月は忙しくて
なかなかお寺に行くことができなかった分、
この日がどんなに待ち遠しかったことか…

こちらには、運慶が作ったという
阿弥陀三尊と毘沙門天、不動明王の
5体の仏像が納められています。
昨年の6月に行った伊豆の願成就院の仏像と、
必ずと言っていいほどペアで紹介されることが多いですね。
毎年、3月3日と10月19日の2日間だけご開帳される
貴重な方々です。


JRに乗って、
鎌倉までは行ったことがありますが、
次の逗子駅で下車。
駅からバスに乗って向かいます。

思いのほか人が多く、
1台バスを見送ったくらいです。
ちなみにお寺へは
逗4,5,6,7,71,72系統に乗れば行けます(確か…)

駅周辺、市街地が混雑していて、
なかなか進まずイライラ…
でも、葉山御用邸を過ぎたあたりで相模湾がひらけ、
遠くに江ノ島や富士山が見えた時は
まだ目的を果たしていないのに
「来てよかったー!」なんて思いました。
バスは海沿いに進み、
45分くらいかけて浄楽寺の停留所に着きました。
乗車していた多くの人がここで降り、
ご開帳の人気っぷりがうかがえます。

お寺は敷地内に墓地もありましたが、
それほど広い感じではありませんでした。
本堂の裏手の高くなっているところに、
本堂より少し小さいくらいの収蔵庫があり、
そこに5体の仏像が安置されていました。

左から毘沙門天・勢至菩薩・阿弥陀如来・観音菩薩・不動明王と並んでいます。
すべて重要文化財、旧国宝の名だたる仏像が揃っています。

拝観料の100円を支払い、
じっくり見ていきます。
(以下、どうしても願成就院の像と比べてしまっていますが、
あえてそうさせてください…)


まず毘沙門天。
確か願成就院像は等身大くらいでしたら、
この像はそれよりも小さいです。
袖などにわずかに昔の彩色の跡が残っています。
衣の形は願成就院像に似ていますが、
細部までは詰め切れていないといった様子。
ポーズは左手足をあげているのに違いはありますが、
印象としては似ているように思います。
邪鬼はあちらは2体、こちらは1体です。

似てはいるのですが、
完璧すぎるくらいだったあちらの像に比べると、
なんとなく不備があるような、
泥臭さが残る部分が、
「本当に運慶作?弟子とか同じ工房の仏師が作ったんじゃないの?」
とも思うのですが、
胎内から願成就院のものと同様に
運慶作と書かれた木簡が出てきたことは事実。
認めざるを得ないでしょう。
前述の類似点もありますし…

中央の阿弥陀三尊ですが、
願成就院の方は
阿弥陀像だけで、脇侍はいらっしゃいませんでした。
阿弥陀像も印の形が違い、
あちらは説法印、こちらは上品下生の印です。
この2体は作者が同一というのがうなずけて、
願成就院の像は切れ長で伏し目、
浄楽寺の像は玉眼で見開いていますが、
顔の輪郭や特に唇の形が全く同じといってよいくらい
似ています。
衣もパリっとしたシャープなラインで表現され、
シワの流れ方はほぼ同じです。
(ぎょうせい「日本の美術 No.537」では
この2体が巻頭カラーで並んで掲載されていますので
是非ともご参照ください!)

願成就院像は漆箔がはがれ、黒い中にわずかに金が残っていましたが、
こちらは金泥で塗られていて、
渋いやや重い感じの金色が全身を覆っています。
彩色方法などに微妙な差もありますが、
ふたつのお寺の像がこれほどまでに比べられる意味が
この阿弥陀像を見てやっと分かるような気がしました。

脇侍の勢至・観音像は
全く無駄のない形で、表情は「無」といった感じでした。
蓮華を持ち、2体はそのまま反転させたように作られています。

最後、一番右に置かれていた不動明王像は、
願成就院像と違い三尊形式ではなく、
不動明王独尊です。
キズがたくさんあり、他の4体の像とはどことなく違う印象があります。
願成就院像と比べても、
ポーズも衣も表情もかなり違い、
体躯の豊かさもありません。
天地眼で、いかにも鎌倉時代の仏像らしい像ではありますが、
こちらも運慶作なのだろうかと疑問が残ります。

人が多い中をじーっくり見ていきましたが、
比較する対象をもって拝観することはあまりないので、
なかなか楽しかったです。

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御朱印をしていただいた方が、
お寺の方のようだったので、
私がひとつ疑問に思っていたことを伺いました。

願成就院を訪れた際に購入した冊子に
浄楽寺の仏像のことが書かれていて、

「おしいことに阿弥陀三尊像は後世の金箔で全身がおおわれ、
ことに不動・毘沙門天像は、江戸時代の彩色が厚くぬられ、
一見新しい像のような感じをあたえる仏像である。」
(「願成就院」久野健 中央公論美術出版/初版 昭和47年)

とあり、
掲載されている写真もモノクロながら、
明らかに派手派手しい色彩がぬられているのが分かりました。

なので私は浄楽寺の仏像は見るに値せずかと思っていたのですが、
「日本の美術 No.537」(2011年2月発行)には
どうも後世に塗られた色彩が落とされているような写真が載っていました。

実際には江戸期の色彩は落とされていたので、
「いつごろ色彩を落としたのですか?」
とお寺の方に伺ったところ、
20年ほど前に京都から仏像修復の専門家を招き
この場所で作業をして現状のようになったということでした。
阿弥陀三尊は、今でも金が残っていますが、
前はもっと金ピカだったそうです。

そういう話を聞けるのも事前に調べていたからで、
ただ5体の仏像だけれども、
20分ほどしかその場にいなかったけれど、
充実した時間を送ることができ、
またたくさんのことを知ることができました。


拝観のあとは新島密のお墓に手を合わせてお寺を出て、
近くをお散歩しました。

たまたま行った芦名の漁港では
3月3日ということもあり流し雛のお祭りをされていて、
屋台で遅いお昼を食べたりしました。
(行事自体は時間的に見れませんでしたが)

山や川の近くで育った人間なので海が珍しく、
秋谷の海岸を歩いて貝を拾ったり、
波に足をつけたりして(!)
日頃なかなか体験できないことを満喫して
またバスに乗って帰りました。

今回行ったのは横須賀市でも鎌倉に近いような場所でしたが、
他にも横須賀には見所のある仏像がいらっしゃるようですし、
鎌倉もぜんぜん行けてないので、
また鎌倉期の仏像巡りをしてみる予定です!

古事記シンポジウムの話 [古典]

先週の日曜は
記紀・万葉プロジェクト/古事記完成1300年記念シンポジウム
に行ってきました。

夏に万葉集首都圏シンポジウムに参加したので、
その流れで(?)今回は古事記でやるよという案内が届き、
面白そうだから行ってみようということになりました。
(そういえば万葉集シンポジウムで講演された辺見じゅんさん、
あのあと亡くなられたんですよね…)

今回は奈良県主催で、古事記に関わる他県が協力して開催されました。
奈良県をはじめ、福井県、鳥取県、島根県、宮崎県の各知事が壇上で
古事記に関わる場所を紹介するという「全国古事記ゆかりの地サミット」があったり、
せんとくんや各県のゆるキャラが集合したり、
里中満智子先生による講演があったりと、
なかなかスペシャルなもので、取材陣も結構いました。
(翌日、結構メディアで紹介されていました。一番アツかったのはせんとくん?)

シンポジウムというとお堅いイメージですが、
古事記をキッカケにうちの県に遊びにきてね!
というのがメインのイベントという感じで、
半日楽しめました。

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私は歴史とか古典とか
詳しくはないにしても好きではあるので、
古事記や日本書紀について多少の知識はありますが、
ちゃんと読んだことがあるかと聞かれると、
う〜ん…となってしまいます。

本も持ってないし。
最初から順を追って読んだ記憶はない。
それなのに、イザナギ・イザナミの話や
天の岩戸、スサノオと八岐大蛇、オオクニヌシ、因幡の白兎、
ニニギノミコト、ヤマトタケル…
詳細まではいかないけれど、ちゃんと知ってるんですよね。

それで、よくよく思い返してみると、
因幡の白兎の話なんかは絵本で読んだ記憶があるし、
天の岩戸とか八岐大蛇の話は
マンガの題材として取り込まれていたり、
旅行に行った先がたまたま古事記ゆかりの地で
いっしょに神話も聞いたりとか、
無意識のうちに触れる機会があったことに気がつきます。
少なくとも教科書には載らないので…
学校で習ったなんてことはないはずです。

そう思うと、
古事記(日本神話)ってすごいもんだなと思います。
だってこれって神話が自分たちの身近にあるっていうことですもんね。
天皇家がどうの…みたいな話になるとややこしいですが、
物語として本当に魅力的だと思います。
当時の日本人はいったいどれほどの想像力・創造力を
持っていたんだろうかと考えてしまいます。

私の中では歴史、風土、日本自体を知る上で外せないものと捉えているので、
古いものと終わらせるにはもったいない。
必ず新しい発見ができるに違いないので
今は読まなくても、
今後の人生の中で必ず読むであろうもののひとつです。
(というか、今でも図書館で気になる部分を断片的に読んだりしてるんですけど)

太宰府を歩く その3<終> [仏教・仏像]

旅行2日目の朝は
ホテルの近くにお寺があるというので
まずはそこを訪れました。

場所でいうと祇園駅の付近。
都会の中の昔からの寺町といった感じで、
大小のお寺がひしめき合っています。
中には結構有名らしいお寺もあるそうなのですが、
太宰府以外はまったく調べて行かなかったため
詳細は分からずで…
ただ、駅でもらったパンフレットに
「福岡大仏」なる仏さんを安置する
東長寺というお寺が掲載されていたので
そのお寺だけ訪れました。

唐帰りの空海が博多に滞在した時に造ったお寺だとかで、
かなりの歴史があるようです。
さすがにその頃の建物などは残っていないようでしたが、
門や六角堂などはなかなか良い趣を出していました。
ただ、建物で何よりも目に留まるのが、
色鮮やかな五重塔です。
平成23年春に落慶したといいますから、
まだできたてホヤホヤの五重塔ですね。
都会の真ん中にこんなものがあるというだけでも驚きです。

さて、問題の「福岡大仏」ですが、
寺内をぱっと見回してもそれほど大きな建物はないように感じたので、
大仏といっても丈六くらいの大きさじゃないの?と思って
向かったら、見てびっくり、
光背をあわせて16mの巨大釈迦坐像がいらっしゃいました。
こちらも完成したのは平成になってからのようです。
このお寺の財源はどこなのだろうか…と
いらぬことばかりを思ってしまいました。

ちなみにこちらのご本尊さんは平安期の作で国宝の千手観音。
私としては、むしろこの方をゆっくり見たかったです。

さて、この後私は地下鉄に乗り込み
福岡Yahoo!ドームを見物し、
またしても太宰府へ向かいました。

今日見るのは九州国立博物館です。
博物館の展示品が見たい!というよりは、
この博物館自体に行ってみたかったのです。
近代的でカッコいいじゃないですか!
太宰府天満宮の東側に長〜いエスカレータがあり、
そこから山の上に行きます。
なんかそれだけでもカッコいいのに、
山の上にあの流線型のガラス張りの建物があるんですよ。
東博も京博も、古い建物が命!
という感じですけど、新しくてもいいじゃないですか。

今回たまたま東京でやっていた時に見に行かなかった
「細川家の至宝」の特別展をやっていたので、
結構楽しめました。

それに、常設展の「海の道、アジアの路」も
なかなかよかったです。
東博だと、どちらかというと全国の古代の遺物を展示していますが、
こちらだと、九州で出土したものを多く展示しているようです。
展示フロアはそれほど広くないですが、
(九博自体、吹き抜けの空間を広くとった贅沢なつくりなので
延床面積は思ったより狭いです)
VRシアターなどの映像の上映もあって
分かりやすい、退屈にならない、お堅くないという、
私のような古代&九州の歴史シロウトでも親しみやすい感じでした。

そんな感じで時間は過ぎて九博をあとにし、空港へ。

1泊2日というあっという間の時間が終りを向かえました。
太宰府に関してはまだまだ見るところもあるようでしたが、
とりあえずは充実した時間を過ごすことができ、
少しは歴史を体感できたような気がします。
九州は大分など他にも仏像スポットがあるので
また時間を見つけて来たいですね。

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私流 歴史ドラマの見方 [その他]

太宰府紀行の途中ですが…

新しい大河ドラマが始まりましたね。
久々に戦国・幕末以外のテーマなので
この先どうなって行くのか楽しみです。
まあ、いろいろ言う人もいるみたいですけど…

私はここ数年、
歴史ドラマを字幕付で見るようにしています。
始めた理由はすごく単純で、
放送中は家事やら何やらで見ていられなくて、
録画したものをお風呂上がりに見ていたんです。
で、髪の毛を乾かしながらだと音声が聞こえないので、
試しにリモコンの字幕ボタンを押してみたのがキッカケです。
少なくとも「龍馬伝」の頃からやっています。

最初はドライヤーを使用している間だけだったのですが、
そのまま見続けていると、
台詞の聞き取りづらかった部分が分かったり、
耳で聞いているだけでは理解できなかった言葉の意味が
漢字を見て分かるようになったりするなど、
いろいろとメリットを見つけられるようになり、
最近では字幕で見るのが当たり前くらいになっています。

もちろん風情は半減します!
ですが、物語を理解しながら見たいという場合は
効果があるのではないかと思っています。
3ヶ月で終わるドラマならいいですけど、
大河ドラマは1年間もあるので長いですからね。
毎回の理解度が要求されます。

私は「坂の上の雲」を毎回見ていましたが、
1年間の期間が空くといろいろ忘れてしまう上に、
まったく予備知識のない明治時代だったので、
見るのが途中でキツくなってきたんです。
でも、きちんと字幕もつけて追って見ると、
人名や地名が分かるようになり、
昨年末の第三部は大変面白く見ることができました!
また、今年の大河ドラマの「平清盛」も
初めて聞く人名が多いので、役立つのではないかと思っています。

まあ、画面に大きく文字が出てくるので、
好き嫌いはあると思いますが、
耳だけでなく目でもストーリーを追えるので
5分でもいいので試してみてはいかがでしょうか?
私のオススメです。

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ちなみにですが…
「平清盛」第2話で、
白河法皇が寺で祈願をしているシーンが2回ほどありました。
見終わった後、母と電話で「あのお寺はどこや!?」と話題になり、
お寺のシーンを何度も一時停止して、
仏像やお堂の感じから、どこでロケをしたのか推理しました。

堂内は土間になっている。(古い時代のお寺)
朱色の柱がある。
チラッと映る本尊は如来形で金箔、目に玉眼。(平安末期よりも後の作)
↑白河法皇は極楽往生を願っているから阿弥陀像??
脇侍に菩薩像が置かれている。
よーく見ると本尊の台座が変わった形。裳懸座の下に何かが並んでいる。

…この最後の台座に並ぶ「何か」で分かりました!
東寺の金堂の薬師如来坐像の下に
十二神将がぐるりと立っていたのを思い出しました。

東寺で買った書籍と照らし合わせ、
柱の色や脇侍の日光・月光菩薩、
薬師如来のお顔の金箔の剥げ具合からみても間違いないです!!

金堂は平安時代にはあったので、
白河法皇が祈願していてもおかしくないかもしれません。
ただっ!
現存の金堂は焼けた後に桃山時代に再建されたもの。
本尊の目に玉眼が入っていたのもこのためですね。
お顔は平安期のような優美な感じがないので
時代的なものを考えると残念なところではあります。


私としてはどこのお寺でロケをしていたか分かってスッキリなのですが、
およそ10分で答えを導いた自分にやや気持ち悪さを感じ、
「あのお寺、東寺の金堂やったで!」と
あとで母に伝えたら、少し引いていたような気がします(汗)

太宰府を歩く その2 [仏教・仏像]

太宰府天満宮は観世音寺から
歩いてもそれほどかからないところにあります。
初詣客の車の渋滞を追い抜かして行くと、
参道が見えてきました。

参道はとても混雑していて、
天満宮の人気っぷりが伺えます。
特にこの時期は受験シーズンですから
学業の神様にあやかっての参拝も多いでしょう。
まあ、センター入試を次週に控えている受験生は
参拝なんてしていられないでしょうけどね。

太宰府天満宮といえば「梅が枝餅」。
別に梅が入っているわけではなく、
あんこの入った普通の焼き餅です。
参道の入口あたりは販売店も少ないですが、
奥に行くほど店も増え、人気店には行列ができていました。

他にも明太子屋さんや、梅ソフトクリームを出す店、
やたらおしゃれな建物のスターバックスがあったりしました。
とはいえ、梅が枝餅を食べられて大満足の私は
そのどこにも立ち寄りませんでしたが。

参道のドンツキに社殿があるのではなく、
左に曲がったところにあるというのが特徴的だなと思いました。
そのドンツキのところには2本の大きな松明が置かれていました。
この日は(1月7日)は
鷽替え神事(19時〜)と鬼すべ神事(21時頃)が行われる日でした。
鬼すべ神事で使われる松明なのでしょう。
偶然であっても祭りの日に訪れたからには
ぜひとも見てみたい!と思っていたのですが、
まだ夕方で外は寒く、歩き続けで足も疲れていて、
慣れない土地でひとり時間をつぶすのも大変なので、
見物はあきらめました。
ただ、この日は特別に太宰府館で
木うその絵つけ体験ができるということを調べていたので、
参拝が終わったら伺おうかと思っていました。

人混みにもまれながら参拝したので
太宰府天満宮の社殿をゆっくり鑑賞することはできませんでしたが、
建物の壮麗さからいえば、北野天満宮のほうが優れていると思いました。
とはいえ、建物や宝物では計り知れない、
菅原道真が左遷された太宰府に
この神社があること自体に意味があると思います。
政庁跡の展示室で歴史の案内をしてくれたおじさんに
「京都の北野天満宮と太宰府天満宮、どちらが上なんですか?」と尋ねたところ、
「双方こっちだと言っているそうだけど、
道真公の遺体がある(とされている)のは太宰府なので…」
と言われていました。
歴史的意味や価値、それぞれ違うからこそ
見甲斐や訪れ甲斐があるのだと思います。

天満宮の宝物殿は時間的にもう入れなかったので、
太宰府館に行くことにしました。
参道を少し入ったところにある観光案内施設という感じでしょうか。
2Fで木うそ保存会の方々が
各々の作品を展示し、絵つけ体験教室をされていました。
地元の若い女性3人が絵つけ体験をしているのを見て、
こんな観光客が飛び入りで大丈夫かな…と
不安になりました。
でも、旅の恥はかきすてとばかりに飛び込んでみると、
保存会の方はウェルカムムードで安心しました。
すでに木うその形に彫られているものに
赤・緑・黒で模様や目を描いていき、
金色の紙を頭に貼って、「太宰府」のスタンプを押してもらって完成です。
文章にするとすごく簡単ですが、
実際には結構時間がかかりました。
(下手なモンでは許されない!という変なプライドのため、
慎重に描いている自分がいた(笑))

鷽替え神事というのは、
私、この旅で初めて知ったのですが、
結構全国的に行われているお祭りなんだそうですね。
(鷽という鳥自体も知らなかった…)
東京や大阪でもやっているのに、
北野天満宮ではやっていないお祭りです。
京都がすべてではないということですね…
祭りの意味には諸説あるようですが、嘘と鷽鳥をかけて
これまでの悪いことを嘘にして吉に取り替えるらしいです。
鷽と旧字の學の字が似ているから
鷽鳥が天満宮の使いだという説も初耳です。

とにかく、そんなこんなで木うそ初心者の私が絵つけしたものは、
鷽替え神事に使っていただいてもよかったのですが、
せっかくなのでお持ち帰りにしました。
今、うちの本棚の前に鎮座しています。

太宰府館を出るともうすっかり日も暮れていて、
西鉄 太宰府駅から福岡天神駅まで戻りました。
博多駅近くのホテルに泊まり、これにて1日目終了です。

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太宰府を歩く その1 [仏教・仏像]

新年あけましておめでとうございます。
本年も細々とやっていこうと思いますので
よろしくお願いいたします。

新年早々、福岡は太宰府に行って参りました!
はじめてひとりで飛行機に乗ることが一番の難関だったのですが、
1泊2日楽しんできました。

早朝、羽田空港へ出発。
午前中に福岡空港に下り立ち、
西鉄 都府楼前駅に着いたのはちょうどお昼でした。

今回の旅行は観世音寺の巨大仏像を
拝みにいくのが第一の目的だったのですが、
太宰府天満宮に政庁跡、九州国立博物館と、
見るところがたくさんあるので、
存分に太宰府を楽しもうと計画しました。

都府楼前駅から歩いて、まず目指したのは大宰府政庁跡。
歩道の人通りはあまりないのに、
車道は天満宮に向かう車が渋滞していました。
きっと普段は静かなところなんでしょうね。
10分ほど歩いて政庁跡に着きました。

奈良の平城宮跡をそのまま小さくしたような、
芝生に礎石が並ぶ公園に整備されていました。
部活の練習をしている高校生や、凧を飛ばして遊ぶ子供、
老夫婦が散歩していたりして、
寒空ながら和やかな雰囲気を出していました。
とりあえず腹ごしらえと、
芝生に座り近くのコンビニで買ったサンドイッチを食べ、
その様子をぼーっと見ていました。

ああ、ここに旅人や憶良がいたんだな…
どんな風に栄えていたんだろうか…
なんて思ったりして。

敷地内にある展示室で大宰府の歴史について説明を受け、
(なぜ海から離れたこの場所に政庁が置かれたのか分かりました!)
礎石を見てまわり、北側から政庁跡を出ました。
北側には梅が植えられており、旅人宅での梅の宴会が偲ばれます。
梅は天満宮の象徴というよりも
太宰府全体の象徴とも言えるのかもしれません。

散策ルートには万葉歌碑がたくさん置かれていて
探しながら歩くのも楽しいです。
そうやって歩きながら、あっという間に観世音寺に着きました。

まず隣にある戒壇院を参拝し(三戒壇のひとつだとか)、
観世音寺をお参りします。
朝鮮半島(白村江の戦い)へ向かう前に亡くなった斉明天皇の追悼のため、
天智天皇が創建したので歴史は相当古いようです。
玄ぼうや唐帰りの空海もいたお寺ですから、
筑紫においてはかなり力があったんだと思います。
平安時代に焼失したため
梵鐘(国宝)が残っているくらいですが、
それでも平安期の優れた仏像が今に伝えられています。

高床式風の宝物館の2Fには
4〜5mもある仏像が待ち構えていました。

おおお〜っっっ!
こ、これがあの馬頭観音か〜!

なんだか私の旅は古くてデカい仏像を尋ね歩くのが
定番になってきているのですが、
デカイものこそ見に行く価値があるというもの。

中央に祀られている馬頭観音は平安後期の作。
503cmの寄木造りの金箔。

私も今まで仏像を見てきましたが、
まず馬頭観音自体に出会うことは少ない(石仏はたまに見るけど)ので、
それがこんなにデカいだなんてとんでもないことです。
圧倒されます。
なぜ大きい馬頭観音を作ろうと思ったのか、
想像するだけでも面白いです。

両隣の十一面観音と不空羂索観音も5m前後あり、
まわりを取り巻く仏像郡の中には
大きな地蔵菩薩や阿弥陀如来もいらっしゃいます。
馬頭観音の他に見たかったのは兜跋毘沙門天像。
毘沙門好きなのでぐっときます。
前に描いたことがあるのでなおさらですが、
やはりカッコいい!
東寺の兜跋とは鎧の形が違い宝冠もかぶっていませんが、
細身ながらも体つきはしっかりしていて、
表情は厳しいような、でも口元は少し笑っているような。
下で支える地天女は神像のような顔つき。
邪鬼はきょろきょろした感じで個性的です。

兜跋の向かい側の大黒天像も有名な方で、
ここにいらっしゃる方だとは知りませんでした。

十分観世音寺を楽しみ、
この後、太宰府天満宮へ向かいます。

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今年のこと、来年のこと [その他]

仕事の忙しさにかこつけて
ずっとサボっておりました。

あっという間に一年が過ぎ去り、
今年は何をやったかなーと振り返ると、
夏までは江戸三十三観音札所をまわったり頑張ってたんですけど、
それから後がダメダメでしたね。

反省。

でも、なかなか前のようなペースで更新するのは
難しいんじゃないかという不安もあったりで、
まあ今まで通り、無理のない範囲でやっていくつもりです。
無理してやっても楽しくないんで。

仕事が忙しいといっても、
休みの日はあるので
来年はもっと外に出かけようかと思います。
もっとというよりもう少し遠いところ…と言うべきかもしれません。
自転車で行ける範囲から日帰り旅行の範囲に広げて、
電車でぶらりと関東のお寺、博物館、美術館を攻めて見ます。

今プランに上がっているのが(寺社関係以外もありますが…)
成田山新勝寺
鎌倉のお寺
横須賀のお寺
千葉の国立歴史民俗博物館
千葉市立郷土博物館(千葉氏、妙見関係の資料があればと期待!)
平山郁夫シルクロード美術館
(都内ですが…)松岡美術館・青梅あたりのお寺
etc…

なぜか千葉が多いのが気になるのですが、
お寺や仏像、歴史関係について深く学べればな〜と思っています。

そんなこんなで、今年はこのへんで。
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仕事ばっかりしている [その他]

今どこにいるかって?
昨日の朝から会社にいるよ…

なんだか本当にここ数ヶ月仕事ばっかりしている…
なぜだっ?やっぱり自分のせいなのかっ!?
ここで吠えても仕方のないこと…

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土日はゆっくりしたいけど、
年末だけにいろいろやることあるし、
宿題(仕事)をお休み中にいろいろこなさなくちゃいけないし。

むはは〜〜。
お寺行きたい。
早く帰省したい…

来年早々、太宰府に行こうという計画をしているけど、
仕事や体調不良でつぶれなければいいなあ。

むはは〜〜っ。
とりあえず家に帰ろうかと思います。

山ガール・寺ガール [その他]

終わらない連日の激務。
そのため、週末に自宅のPCを立ち上げるのも嫌で。
仏像について調べる時間さえもなく、
半死半生の生活をここ2ヶ月くらい送っています…


そんな中、先週は会社の山好きの先輩といっしょに
筑波山に登ってきました。
万葉集にも出てきますし、
どんなところか行ってみたい!と前から思っていたので、
この機会に行ってみることにしました。
上醍醐でさえヒイヒイいってる自分が
ケーブルもロープウェイも使わず登り、
下山するという奇跡(?)を見せ、久々にリフレッシュしました。
(とはいえ、翌日以降、ひどい筋肉痛に襲われましたが…)

山登りの後、先輩と食事をして、
それぞれの趣味のことなどを話していたのですが、
そのなかで、「山ガール」とか「寺ガール」なんて
呼ばれることについてどう思うかという話題になりました。

お互い「○○ガール」と呼ばれることに抵抗があって、
そんなカテゴリーの中に自分が入っていることに
違和感を感じているようでした。

「自分は好きで山に登っているだけ!」
「寺ガールなんて呼ばれる以前からお寺巡りしてる!」
だからそんなカテゴリーを勝手に作って
その中に入れてくれるなと盛り上がりました。

昨今、○○ガール、○○女みたいな女性が
すごく増殖しているように言われていますが、
それは趣味で人種をカテゴライズするような傾向に
世の中がなってきているだけだと私は思うんです。
特に女性に関しては新たな○○ガールを発掘することで
マーケットを開拓しているような気配を感じたりもします…

私はなんとなく批判的な意見なのですが、
でも、最近は逆手にとってみるという考え方も
アリだなと思っています。

例えば昔はひとりでお寺に行くと
「どうしたの?何か悩みでもあるの?」とお寺の人に心配されたり、
「お寺巡りが趣味です」「仏像見るのが好きです」というと
変な顔されたりすることが多かったのですが、
最近はそういったことがあまりない。
多分まわりが「ああ、こいつ寺ガールなんだな」みたいな風に
認知してくれてるからだと思うんです。
だからある意味住みやすくなった。
お寺や博物館も仏像を展示するスペースを広く設けるようになったし、
私がこの趣味をはじめた頃よりは
断然、環境が整ってきているような気もします。

先輩に、山ガールブームになって
よかったことはありますか?と聞いたら、
おしゃれな登山アイテムが増えたとか
女性用のトイレが整備されたなど
こちらでも利点があったようです。

世間に踊らされている感もある○○ガールですが、
考えようによってはいいこともあるぞ
ということでお互い納得。

私にとっては貴重な趣味人の先輩なので
深く話せて楽しかったですし、
自分の○○ガールに対するモヤモヤを
共有できてよかったです。

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仏像の衣を見てみると… [仏教・仏像]

仏像を拝する時にどこを見るかというと、
やっぱり顔だと思うんです。
その表情に優しさや厳しさなどを感じることが
多いのではないでしょうか?

他に見るところといえば
体つきや服装、装飾品、髪型、台座や光背等でしょうか?
色が残っているとかそういう部分も見たりしますね。

私は今までこんな感じで拝んでいたのですが、
最近気になっているのが衣文なんです。

仏さんが着ている衣服のシワのよりかた
とでも考えればいいんでしょうか?
どうやらこれにもいろいろ形式があるようで、
見ていくと結構おもしろいうということに最近気がつきました!

一番よく耳にするのが『翻波式衣文(ほんぱしきえもん)』。
これはちょくちょく聞くことがあったのですが、
どのような形を指すのか知りませんでした。
本で調べてみると、
「丸い波と角の波とを交互に刻んだ」と書かれていて、
ちょっと分かりにくいなと思ったのですが、
実物を見ればすぐに分かります。
法華寺の十一面観音の足に刻まれているのがそれなんですが、
確かに大きいシワと小さいシワが交互に並んでいるんですよ。
他にも室生寺の釈迦如来坐像や興福寺の薬師如来坐像にも
このような大小のシワを見ることができます。
探してみると結構ありますね。

他にも『渦文』『松葉状衣文』『茶杓形衣文』など
特徴的なものがあるようです。

111016.jpg

『翻波式衣紋』は平安初期に作られた木造の像に
頻繁に使われているようで、
この時代の特徴でもあるようです。

形式的なもので実際にこんな風にシワにはならないでしょうし、
この時代以降は仏像もどんどん写実化していきますから、
作例も後の時代になると少ないみたいです。

よくよく考えると
私は仏像の各時代の特徴をちゃんと知っているのかなと思いました。
一応、「これは○○時代に作られたもの」という知識はありますが、
だからといって「この像には○○時代の特徴がよく出ている」
みたいな話はほとんどできないと思います。
飛鳥時代とか鎌倉時代になると大丈夫だと思うんですけど、
奈良時代から平安時代って
自分の中で曖昧な部分もあるので、
衣文など様々な切り口からもう少し見極めの力をつけていけたらなと思います。
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